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遺体が海に流されてしまうのも最悪だけど、地面に飲み込まれてしまうのはもっと最悪で、遺体を供養できないと普通は成仏できない。
死者が自分が死んだことを受け入れられなかったり、自分が死んだことを理解できなかったりすると、死んだ場所やこだわりのある土地から離れられなくなる。
このままではこの村の人たちは、地縛霊になってしまうってことだ。
「さっき防災無線がどうとかって言ってたけど、あの夕焼け小焼けが流れてくる奴か?」
四郎くんが焦れたように薫ちゃんに尋ねた。
たぶん彼にとっては霊たちをあの世に送るのは、自分がこの村から出る手段に過ぎない。
でも、私たち辻堂家の者にとっては、それは使命なんだ。
「そ。徘徊老人のお知らせとか毎日のように流れてくるでしょ? あれを使えばここの住人たちに一斉に伝えることができるってわけ。自分たちがどうやって命を落としたかをね」
バチンと私にウインクした薫ちゃんは自信満々だけど、そう簡単にいくだろうか。
「まずは警察署か消防署の無線マイクを乗っ取らないといけないよね?」
こっちは薫ちゃんと四郎くんと私の三人だけだ。
屈強で訓練を受けている警察官や消防士たち(の霊)を相手に、どう斬り込んでいけばいいのか。
確かに四郎くんは霊を敵に回しての戦いには慣れていそうだし、薫ちゃんも今はウェイトレスの可愛いスカートを履いているけど、霊を追い払う能力に長けている。
四人や五人ならなんとかなるかもしれないけど、取り囲まれて公務執行妨害罪か何かで逮捕・勾留されたら永遠にここから出られなくなりそうだ。
「もっとひ弱な奴らを制圧しましょ」
そう言って薫ちゃんが指差したのは、さっき出てきたばかりの村役場だった。
そうか。役場の防災無線なら屈強な男たちに阻まれることはないだろう。
「よし! 行くか!」
四郎くんが勢い良く立ち上がったので、私も慌てて長い袖をたすきで捲り上げた。
振り袖の私じゃ足手まといになるかもしれないけど、死者を成仏させるのは私の役目だ。
「林田さんも一緒に来てください」
私が声を掛けると、林田さんは「もちろんです」と頷いた。
私たち四人が狭い村役場にゾロゾロと入っていっても、職員も利用客も我関せずだった。今はそれがありがたい。
薫ちゃんと四郎くんが総務課のカウンターを乗り越えて、林田さんと私を中に入れてくれた。
さすがに職員たちが戸惑った様子で振り向く。
彼らの頭上には危機管理係のプレートがぶら下がっているけど、担当職員はこの二人だけらしい。
「ちょっとマイク貸してね」
薫ちゃんが一応職員に断りを入れてからマイクルームのドアを開けた。
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