桜の誓い

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 ガラス張りの防音室には誰もいなくて、【放送中】の赤いランプも消えていた。  ここのマイクルームは高校の放送室よりもショボい。私の第一印象はそれだった。  行政のデジタル防災無線だからどんな複雑な仕組みかと思いきや、操作盤は案外簡素化されていた。  四郎くんも迷わず電源の切り替えスイッチに手を伸ばし、私に目で促した。  それに小さく頷いて防音室の重いドアを開け、「一緒にお願いします」と林田さんを先に中に入れた。  薫ちゃんはマイクルームのドアの外で、邪魔者を排除する役目だ。  私はこの村を襲った災害の詳しい経緯を知らない。四郎くんも同じだ。薫ちゃんだって一年以上前にニュースで見た程度ではよく憶えていないだろう。 「林田さん。五月六日に何が起きたのか、知っている限りのことを話してください。誰か親しい人に呼び掛けるように。……ご両親はもっと前に亡くなっていたんですか?」  さっき林田さんは家族が被害に遭ったとは言わなかった。兄弟はいないのかもしれない。 「はい。村に残っていた親戚はみんな元々疎遠だったんで……。あの! 幼馴染に呼び掛けてもいいですか?」  私は「もちろんです」と頷きながら、そうだったのかと腑に落ちる感覚があった。  彼が成仏できないでいる理由は、その幼馴染と関係があるに違いない。  おそらく林田さんはつい最近、亡くなったのだろう。  そういえば茅ヶ崎先輩が白玉荘の近くの道路で先週、人身事故があったと話していた。  霊魂となった林田さんは懐かしい故郷の村へと飛んで行った。  ところがそこには、死んだはずの住人たちが生者と同じような姿で最後の日を繰り返す異常な事態が発生していた。  自分の死を自覚している林田さんがどうして白玉荘に縛りつけられているのかは謎だけど、死んだ場所に戻ってきた彼はたまたま訪れていた四郎くんと私に引き寄せられた。  必然たりえない偶然はない。  林田さんが亡くなった場所が白玉荘の近くだったことも、私たちが今日あそこでお見合いしたことも、運命の糸で繋がっている。  すべてはこの村の人たちを救うために。
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