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「光彦、聞こえるか? 俺だ。林田秀一だ」
林田さんはマイクの前に座ると、ガラスの向こうの四郎くんに合図してから話し出した。
その声は悲しいぐらいに優しい響きをしていた。
「なあ、憶えてるか? 学校の帰りにいつも寄り道して遊んだ、あの公園。春は桜を見に村中の人が集まったっけ。夏になってさくらんぼをたらふく食ったら、二人して腹下して大変だったよな」
ハッとして林田さんの横顔を見た。
目尻に皺を寄せて懐かしそうに語っているけど、これは幼なじみの光彦さんとだけの思い出話じゃない。
お祭りの会場となったその公園は村人みんなの交流の場所だったのだろう。
林田さんは去年の五月で止まっている住民たちの懐かしい記憶を呼び覚まそうとしているんだ。
「秋祭りでは子ども神輿を担いでさ。村のみんなもカラオケやビンゴ大会で盛り上がったよな。公園の隣の庭の柿の実を勝手に取って食べてたら、ばあさんが家から出てきて。怒られるかと思ったら、『いくらでも食べな』って言ってくれてさ。あのばあさんも死んじゃったんだよなぁ」
林田さんの目が潤む。
林田さんが今ここで"死"を口にしたことによって、 防災無線を聞いている村人たちも確実に"死"を意識したことだろう。
あとはそれが自分たちの身にも起きたと思い出せればいいんだけど……。
「去年の五月六日。あの日、茨城県沖を震源とする地震が起きた。深い亀裂が大地に走り役場も病院も消防署も駐在所も崩れて、アヤメ祭りで公園に集まっていた見返り村の住民たちもあっという間に地面に飲み込まれたんだ。……光彦、おまえも村のみんなも、地割れに落ちて死んだんだよ」
林田さんが真実を告げた次の瞬間、村役場の防音室にいた私たちの周りの壁が白くかすんできた。
壁が……透明になっていく!
マイクルームの外で、邪魔をする霊たちを近寄らせまいと仁王立ちしている薫ちゃんの姿が見えた。
ガラスで隔てられていたはずの四郎くんはすぐ近くに立っていて、「村人が作り上げた幻想の世界が消えかかってる」と呟いた。
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