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もう村役場は跡形もなく消えてなくなり、剥き出しの地面に私たちは立っていた。
目の前に広がっている光景は、地割れで村人たちが命を落としたときのものだろう。
山は地滑りを起こして茶色い山肌を見せていて、その上に建っていた鉄塔も木々も倒れている。
さっきまで役場の中にいた人々は今は影も形も見えず、村は静まり返っていた。
ゆらりと地面から立ち昇った湯気のような白いモノが、人の形を成していく。
「光彦?」
まだ男か女かもわからないソレに、林田さんは呼びかけた。
「優ちゃん、下がって。悪い霊かもしれない」
四郎くんが低い声で注意したけど、私は「ううん、大丈夫」と首を横に振った。
光彦さんの霊からは邪悪なものは感じられない。白い輪郭をしているから、あと少しで成仏できるだろう。
「秀ちゃん」
「光彦!」
幼馴染たちはしっかりと抱き合った。
私たち生者が霊に触れようとするとすり抜けてしまうけど、霊同士だと触れ合えるようだ。初めて知った。
「光彦、足が……」
「うん、死んだらまた歩けるようになったんだ」
ハハッと笑った光彦さんに、四郎くんと私は首を傾げたけど、薫ちゃんは無表情だ。たぶん薫ちゃんにはもう林田さんも見えなくなっているのだろう。
霊が霊として存在する普通の世界に戻りつつある。やがて私たちも見返り村ではなく、白玉荘の庭に戻れるだろう。
それがさっきまでの切実な望みだったはずなのに、今はなぜかもう少しこの村にいたいとさえ思っている自分がいた。
「光彦は中学の入学式の日に足を怪我して、車椅子になったんです。……俺のせいで」
林田さんが私たちに説明すると、光彦さんは「秀ちゃんのせいじゃないよ」と憤慨したように声を上げた。
いまや光彦さんの霊ははっきりくっきりとしていて、もうモヤモヤした霞のようじゃなくなっていた。
彼の後ろで、一人また一人と霊が地中から空に上っていくのが見えて、再び四郎くんと顔を見合わせた。
どうやら私たちの作戦は成功したようだ。
防災無線を聞いて自分の死を受け入れた住人たちは、静かに成仏していっている。
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