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「光彦の怪我は俺のせいだよ。俺が橋の上から魚が見えるって言ったから」
「それで下を覗き込んだ僕がまさか見返り川に落ちるなんて、夢にも思わなかっただろ? 誰にも予測できないアクシデントだったんだ。手すりが老朽化してグラついていたことも、僕がバランスを崩したことも。秀ちゃんのせいなんかじゃないよ」
光彦さんが宥めるように言っても、林田さんはいやいやと首を横に振り続けている。
光彦さんへの罪悪感と、慰霊碑を叶えられなかったことが、林田さんをこの世に留まらせている心残りに違いない。
「秀ちゃんが受け子なんかしてお金を稼ごうとしたのって、僕にもっと軽い車椅子を買ってくれようとしてだったんだね」
「どうしてそれを?」
「今、自分の死を自覚したら、わかったんだ。僕のためを思ってくれたのは嬉しいけど、悪いことは悪いことだよ」
「だな。手っ取り早く稼ごうとして、詐欺の被害者のことなんて考えもしなかったんだ。反省してる。軽い車椅子なら、自分1人で車に載せることができるって聞いたもんだからさ」
「秀ちゃんは反省して罪を償って、やっとこれからって時に事故死して、残念だったね」
「そう言う光彦こそ可愛い嫁さんもらえるって時に死んじまったんだろ?」
「みんな、そうだよ。今日も明日も明後日も。ずっと平穏な毎日が続くと思ってたんだ。今日が上手くいかない日でも、明日がある、明日こそはって頑張ってたんだ」
光彦さんの頬を伝った雫は、この村の人たち全員の無念の涙だ。
人生は山あり谷ありだけど、自分たちがそんな最期を迎えることになると誰が予想できただろうか。
霊たちが空に昇っていく様は、さしずめスターマイン花火のように霧のかかった世界を明るくしている。
「秀ちゃん、迎えにきてくれてありがとう。一緒に行こう」
「おう」と嬉しそうに破顔した林田さんが、私たちの存在を思い出したかのように振り返った。
「ありがとうございました」
深々と腰を折った林田さんに、「慰霊碑と八重桜、必ず実現させますから!」と誓うと、林田さんと光彦さんは「よろしくお願いいたします」と声を揃えた。
二人が天に昇っていくのを見送っているうちに、いつしか霧が晴れて私たちは白玉荘の庭に戻っていた。
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