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翌日、大学に行くと、久しぶりにゼミに茅ヶ崎先輩が来ていた。
「早く卒論のテーマを決めろ」と教授に怒られて、渋々相談に来たらしい。
茅ヶ崎先輩は私や薫ちゃんと一緒に死者の捜索に携わったことがある数少ない人間の一人だ。
暗いところが苦手で、空気が読めないという大きな欠点があるものの、意外に男気があっていい人なのは間違いない。
間違いないんだけど……いろいろ残念なところのあるイケメンなのだ。
「白玉荘って、先週近くで人身事故があったところだよな? 政府が外国の要人をもてなすときに使う高級ホテルなんだろ?」
目を丸くした茅ヶ崎先輩はその程度の知識で「凄いな」と言うから、私は学食のテーブルをドンと叩いて「凄いなんてもんじゃないんです!」と言い切った。
第二次世界大戦後の焼け野原となった東京に作られた白玉荘は、緑あふれる美しい庭園が有名で、結婚式やパーティーの出席者じゃなくても敷地内の庭を散策することができるらしい。
とは言え「じゃあ、ちょっと行ってみるか」と訪れるには敷居が高すぎる場所だ。
「白玉荘の懐石料理を食べられる機会なんて、人生で一度あるかないか。『このチャンスを逃したらもったいないわよ』って、うちのお母さんが言うもんで……」
「なあーんだ。結局、辻堂は食べ物に釣られたのか」
茅ヶ崎先輩に呆れたような口振りで言われてしまったけど、私は別に懐石料理に釣られて見合いを承諾したわけじゃない。
食いしん坊のうちのお母さんに強引に押し切られたというのもあるし、やっぱり婆さまたちには逆らえないというのもあった。
でも、それより何より。
私は見合い相手の二宮四郎に会ってみたいと思ってしまったのだ。
いつもは殺風景な学食が、ハロウィーンのカボチャで飾り立てられ、今日のおすすめデザートはガトーショコラならぬガトーカボチャだ。
パッと見は芋ようかんに似ているけど、口に入れるとねっとりとした食感はカボチャそのものだ。
「これ、美味しいですよ! 一口食べてみますか?」
せっかく私が一切れ差し出したのに、茅ヶ崎先輩は「いや、いいよ」と手と首を横に振った。
ははーん。こいつは警戒心が強くて食わず嫌いなタイプだな。人生で一番損をしていると言ってもいい部類の人間だろう。
私が同情の目を向けていると、茅ヶ崎先輩は「薫さんはそれでいいって?」と痛いところを突いてきた。
「薫ちゃんは……」
私が婆さまたちに「じゃあ、会うだけ会ってみます」と答えたときの薫ちゃんの何とも言えない表情が、今も心に引っかかっている。
失望? 落胆? 私を責めるような、怒っているような……。
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