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憧れの白玉荘は鳩バスツアーの客で溢れていて、高級感が台無しだった。
そして、見合い相手の四郎の第一印象は意外にも"可愛い"だった。
イケメンと言うよりは、まだ少年っぽさの残る女顔で、隣に座る母親にそっくりだ。
一通り紹介が終わって、和やかな雰囲気で懐石料理を味わったところで、先方のお父さんが「優さん、今日こうして会ってみてどうですか?」と訊いてきた。
私はごくりと唾を飲み込んで、何度も練習してきたセリフを口にした。
「せっかくのお話なんですけど、まだ大学生だし結婚は早いと思いまして」
この後、「申し訳ありませんが、このお話はお断りさせてください」と続けようとしたのに、何を思ったのか四郎が「そうだよね!」と話の腰を折った。
「僕も両親にそう言ったんですよ。お互い裏の稼業ではそれなりに名が知られてきたとは言え、まだ世間的には社会人にもなっていない学生です」
「はあ」
彼の勢いに気圧されながらも、私は(あなたはともかく私の名前なんて二宮家の誰も知らなかったくせに!)と思っていた。
四郎と違って辻堂優の名前はネットで検索しても一切出てこない。
それはひとえに広報担当のうちのお父さんが、上手いこと情報操作をしているからだ。
ただ薫ちゃんと私につけられた【死者を捜し出せる美しすぎる姉妹】というアダ名は、削除しても削除してもいつの間にかその筋のサイトに現れるんだけど。
「ですから、いきなり結婚ではなくて、許婚という形にしてはどうでしょう?」
「許婚!?」
私と両親も驚いたけど、四郎の両親の方がもっと目を丸くしている。
「おまえ、そんなに優さんが気に入ったのね」
先方のお母さんが呆れたように首を振りながら呟いたセリフを私は聞き逃した。
お茶のお代わりを持ってきてくれたウェイトレスが薫ちゃんだと気づいたから!
「か!」
薫ちゃん! と叫びそうになって、慌てて「か、カラスが鳴いてますね!」と誤魔化した。
「カラス?」とみんなが怪訝な顔をするから、ますますドギマギしてしまう。
薫ちゃん、どうして?
やっぱり私が四郎と結婚するんじゃないかって疑ってるわけ?
それより何より!
なんで、そんなにウェイトレス姿が似合うのよ!
私が薫ちゃんの細い脚を睨んでいると、うちのお母さんが「許婚っていいですね。ほら、優。今すぐ結婚しなくていいから、約束だけしてれば安心でしょ?」と言ってきた。
安心って何?
こんなイケメンを捕まえておけるわよってこと?
それとも、両家が手を結んだって世間に知らしめることができるから、辻堂家の家計が助かるわよって?
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