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「いってきます」
私、紺青彩は靴を履き、玄関で外出を告げる。
学校から帰宅して、すぐに家を出るのは、
これから予備校に向かうからだ。
予備校といっても、理科や国語の勉強をする場所ではない。
私が通うのは、美術の予備校で、今日が初日である。
ドアノブに手をかけると、バタバタと足音が聞こえた。
母の見送りだ。
よし、と私はドアを開ける。
こうすることで、母の足が少しだけ早くなった。
「がんばってね。今日、いきなりクラス決め試験でしょ」
「うん。まぁ」
執拗に母は顔を覗き込んできた。
照れた顔を見られたくなくて、うつむく。
今はこんな風に、背中を押してくれるが、
ここまで来る道のりは、楽ではなかった。
それは、将来の夢を宣言したとき。
漫画家になりたいことを伝えると、
道を踏み外した不良娘を更正させるように説教されたのだ。
堅実に生きてきた両親にとっては、それほどの衝撃だったらしい。
顔を上げ、母を一瞥すると、
微笑みながら、ガッツポーズでエールを送っていた。
両親の態度が変わったきっかけは、新人賞の受賞だ。
だけど、投稿した作品が雑誌に掲載されることはなかった。
私が獲れたのは佳作で、お小遣いよりも多い賞金をもらえたくらいだ。
それでも、両親を納得させるには十分だった。
「彩なら、絶対にAクラスね」
「そんなに簡単じゃないと思うよ」
とりあえず、ハードルは上げないでおく。
嬉しい知らせは、期待しないほうが、喜びが大きいだろうから。
私は改めてドアを開け、帰宅時の母の喜ぶ姿を想像して、家を飛び出した。
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