ペン入れ

2/5
前へ
/14ページ
次へ
予備校が終わると、私はすぐに帰る準備を整えた。 あの絵のことを考えてしまうと、私の中の何かが壊れてしまう。 今まで積み上げてきたものが、台無しにされてしまうそんな気がした。 だから、この場所から早く逃げ出したかった。 心を落ち着かせるために、足早に教室を出る。 予備校の建物から出たとき、 「あやちゃん……」 後ろから、呼び止める声がした。 私のことをそう呼ぶのは一人しかいない。 振り返らずに返事する。 「なに。ひかりちゃん」 「やっぱり、あやちゃんだ。何年ぶりかな」 彼女は駆け足で私の前に回り込む。 ニコニコして、私とは違って、再会を喜んでいるようだ。 「四年くらいかな」 「超久しぶりだね。このあと、時間ある?」 「ない」 即答してしまう。 特に今は、彼女と話したくないから。 「そっ、そうだよね。夜も遅いし……。同じ予備校なら、また会えるし」 突き放して、気を使わせてしまった。 「うん。親が家で待っているから」 この重苦しい感情と向き合うと、深い井戸を覗くような恐ろしさがあった。 怖くなった私は、自分を落ち着かせるために、その井戸に蓋をする。 じゃあ、といって私はその場を後にした。 一度も振り返らずに、逃げるように。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加