イッツ・ア・スモールワールド

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イッツ・ア・スモールワールド

 絡みついてくる璃莉の身体は蛇のようで、長い手足がずるずる巻きつき、寝起きのわたしをシーツの海に沈めてしまう。  薄いカーテンが朝日を透かしている。嗅ぎ慣れたクロエが鼻をくすぐり、見上げた目元にラメがまたたく。  化粧を落としてくればいいのに、といつも思う。ゴールドのメイクは白磁の肌に嫌味なほど似合っているが、わざわざマスカラで黒くした睫毛がわたしには気に入らない。ラメに負けないほどきらめく綺麗な金色をしているのに。 「ごめんね、朝帰りになる予定じゃなかったんだけど。寂しかった?」  壱歌(いちか)、と甘ったるい声でわたしを呼んだ舌が、続けて唇のなかまで侵入してくる。まとわりついてくるようなリップの感触が嫌で、手探りで枕元からティッシュを引き出し、璃莉の口に押しつけた。  ごしごし擦ってやると子どものように笑う。露出の多い服装とのギャップが鮮烈に香る。 「壱歌にもついてるよ」 「最悪……これベタベタするから嫌いだって何度も言ってるじゃん」 「ふふふ。色は似合ってるけど」 「嘘つけ。こちとらブルベ冬だわ」  わたしのすきな色の化粧品はぜんぶ璃莉のほうが似合うのだ。青みピンクだのボルドーだのくそくらえ、全然すきじゃない色のメイクばかりしている自分にも嫌気が差すが、そういう仕事だから仕方ないと割り切っている。売りものにするからには適切に飾らなければならない。 「ほんとだよ。似合うよ」と璃莉は、くしゃっと丸めたティッシュをどこかに投げて、わたしの上に馬乗りになった。  細い指が頬に触れてくる。親指の腹で唇をなぞられる。黒々としたカラコンの目が、陶然と細められてわたしを見つめている。 「壱歌は何色でも似合うし、寝起きでむくんでても、ほっぺにシーツの跡がついてても美人だし、よれよれのTシャツ着ててもエッチだよ」 「喧嘩売ってる?」 「喧嘩じゃなくてイチャイチャしよぉ」  目元にキスの雨が降ってくる。豪雨だ。アンバーのラストノートがじわりと肺を満たす。すきな匂いだ。でももっとスパイシーな香水のほうが璃莉には似合うと思う。  結局、璃莉もわたしと同じなのだ。本来クロエなんかつけるタイプの女じゃないのだ。だいたいカラコンもマスカラも茶色く染めた髪もわたしは嫌いだ。きんきらきんの髪と睫毛と青い瞳の璃莉がすきだ。  とは言わずに、やわらかい唇が耳や首筋に移動してくるのを受け入れながら、わざとらしいため息をついてみせる。 「シャワー浴びてきなよ」 「やぁだ。終わってから壱歌と一緒に浴びるの」 「じゃあ、とりあえずその服、脱いで。似合ってないから」  すると璃莉はくすくす笑いながら、従順にオフショルダーのワンピースを脱ぎ始めた。 「ひどい。これ壱歌が選んでくれたやつだよ」 「……ベッドなら裸のほうが似合うでしょ、ってこと」  わぁやらしい、とはしゃいだような声をだして、下着姿になった璃莉が再び絡みついてくる。栗色の髪がカーテンのように垂れ下がってわたしたちの顔を朝日から隠す。そう、朝だ。ほんとうならもうベッドから抜け出すべき時間なのに、朝の似合わないわたしたちは、どこまでもシーツの海に沈む。それを望んでしまう。 It's a small world ほかにだれもいない世界
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