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今は、リニューアルオープンのために休業しているマリンタワーを過ぎ、足は自然と元町の商店街の方へと向かっていた。商店街の片隅に、昔からあるレトロな喫茶店。初めて横浜に来た時、その雰囲気の良さにふらりと立ちより、今ではすっかり常連客だ。
カランコロンと、素敵な音色を奏でながら、僕を店内に誘う。
「いらっしゃい」
マスターの渋い声が、少し暗い店内に響いた。もう閉店間際で、どうやら客は僕だけのようだ。
「こんばんは。夜遅くにすみません。コーヒーを一杯、いただいたら帰るので」
「そんなこと言わず、ゆっくりしていってくださいな」
マスターは、人生の先輩であり、コーヒーを愛する師匠であり、父親のような存在でもあった。お言葉に甘えて、ゆっくりさせてもらうことにした。
「今日は、どうしたんです? なんだか浮かない顔をして……」
「あ、わかりますか?」
心の中を見透かされた気がして、照れ笑いを浮かべながら頬をさすった。
「実は……働いていたカフェが、閉店することになりまして……」
「はぁ、それはそれは……。飲食業も、ずいぶんと苦しい状況ですね。先が見えない」
コーヒーを僕に差し出すと、マスターがポツリと呟いた。『先が見えない』、その言葉が僕にズシッとのしかかった。
「うちも、年末に店をたたもうと思っていましてね……」
「え! 閉めるんですか?」
カウンターを叩くようにして、思わず立ち上がった。
「そんな、もったいない。こんな素敵なカフェ」
「娘も、同じようなことを言ってますが、ね。私も持病の腰痛で、年々辛くなって。それに、近年のこの状況でしょう?」
そう言われると、何も言えないまま、ストンと椅子に座った。その後、しばらく沈黙が続いた。心の拠り所であるこのカフェを失ったら、僕はどうなってしまうのだろうか。なんとかして、カフェを存続できないのだろうか。マスターが無理しない程度に、美味しいコーヒーをお客様に提供できたら……。
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