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……2022年、夏……
流行病はなかなか終息せず、相変わらず先の見通せない状況が続きながらも、僕たちは前を向いて、今を生きるしかなかった。生きていれば、辛いことがある。でも、いいことだってあるんだ。2年経った今も、喫茶店は健在で、少しずつではあるが、店に活気も戻ってきた。僕が過労で倒れてからは、明音さんが仕事を辞めて、店を手伝ってくれるようになった。すぐそばに、当たり前のようにいてくれる明音さんが、僕は愛しくて仕方がなかった。
「マリンタワー、もうすぐリニューアルオープンするね」
ある夏の夜、明音さんがポツリと呟いた。2019年4月1日から休業していたマリンタワーが、いよいよ9月1日にリニューアルオープンするのだ。
「ほな今日、店閉めた後で、行きませんか?」
「え? まだオープンしてないよ?」
「いいんです。マリンタワー、好きなんで」
店を閉めた後、生暖かい風に吹かれながらふたり、マリンタワーを目指した。
「あー、もうすぐ9月なのに、暑いね!」
少し歳上の明音さんだが、手でパタパタとうちわのようにしてみる仕草さえ、僕にはかわいく見えた。
「マリンタワーがリニューアルオープンするまで、なんとか喫茶店をやっていけたのも、明音さんのおかげですよ。ありがとうございます」
「な、何? 急に改まって。照れ臭いじゃん」
パシッと僕の肩を叩いたその手を、捕まえた。僕が笑うと、明音さんは恥ずかしそうに俯いた。そしてそのまま手を繋ぐと、マリンタワーのそばまで来た。足を止めて、見上げる。いつか、夢にまで見た光景が、広がっていた。
「明音さん。僕で良ければ、お付き合いしてもらえませんか?」
今宵、マリンタワーの下で。僕は、大切な人と手を繋いでいる。大好きな、あなたと……。
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