出会いの春

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 次の日。  月麦はいつもの時間に家を出る。もしかしたら風汰と同じ時間かなと少しだけ期待したが、風汰の姿はなくそのまま階段を降りた。マンションを出るとそこには陸が待っていた。  「あ、おはよう」  「おはよう!」  「陸、今日は朝練なかったの?」  「うん。昨日試合だったから。あと少しで勝てたんだよ。悔しいー。慰めて〜」  「はいはい。頑張ったね。お疲れ様。陸、テニス楽しそうだね」  「うん。中学まで水泳とか野球とか色々やってきたけど、今の僕にはテニスが青春みたいなものだから」  「いいね、青春か。部活に入ってない私にとっては無縁の世界だな」  「部活だけが、青春じゃないよ。だから、楽しも、高校生活」  陸が子供みたいに無邪気に笑う。えくぼがはっきりとして可愛い。  「うん。そうだね」  少しの間沈黙が続いたが、陸が何か言いたげだったので、月麦は黙って言葉を待っていた。  「あのさ、昨日あいつと、どこ行ったの?」  「あいつ?あー、桜井くん?どこって、カフェ行っただけだよ」  「なんで、月麦のこと誘ってたの?」  「あー、家がたまたま近くて前に会ったことがあったの。友達が欲しかったんじゃないかな?」  月麦は少しだけ嘘をついた。もちろん、秘密を守るため。ただ、それだけの理由だ。  「ふーん。じゃあもう友達なの?」  「うーん。どうだろ。私ああいうチャラい感じの人?あんまり得意じゃないし」  「そうだよね」  「うん」  月麦はなんとなく、陸から目を逸らして答えた。風汰が月麦の前で見せる態度と、みんなの前で見せる態度との違いの理由がわからなかったからだった。  学校に着くと、沢山の人たちが会話を交わしていた。新しいクラスメイトとどこかぎこちなく話す人、廊下に出て仲の良い人たちと会話に花を咲かせる人。そんな人たちを見て、月麦は高校二年生になったのだと、強く実感した。  教室に入るともうグループが出来ていた。陸はまた後で。と言い、男子のグループの元に行き「おはよう!」と声をかけていた。  月麦は、またいつもと同じだ。と思いながら自分の席へ向かった。クラス替えというのは苦手だ。前のクラスでやっと安定した環境を築けたのに、また新しい人を知らなければいけない。なぜか人はいつもグループを作りたがる。自分と気の合う人といるとどうやら安心するらしい。その気持ちは月麦にはあまりわからないものだった。  月麦は一人でいるのが嫌いじゃないし、むしろ人間関係を広げたくなかった。もうこれ以上、誰も自分のことを知らなくていい。ある日からはそう思っていたのだ。  月麦はこのクラスでも存在感を消し、誰にも話しかけられないようにしていた。その結果、いつの間にか時は過ぎ、クラス内におけるグループや人間関係はほぼ出来上がっていた。  やはりあれから、風汰も月麦に声をかけることはほとんどなかった。シャーペン落としだぞ。とか、これ、プリント。とか、そういった会話だけだった。それもそうだ。風汰は月麦の予想通りクラスの人気者となったのだから。月麦が話しかけないで欲しいオーラを出していたことなんて微塵も関係ないだろう。  風汰は顔は美しく、スポーツ万能、頭も良いとの噂だ。それに加えて大人っぽくクールなキャラが新鮮で、風汰の周りにはいつも人が溢れていた。相変わらず笑顔を見せることはなかったが、話は真剣に聞いてくれるし、時々ちょっとおかしなことを言っては周りを笑わせていた。  そんな風汰の姿を見て、月麦はもう風汰のことを気にしないようにしようと決めた。そもそも、月麦は派手な見た目の人も、感情がわかりにくい人も苦手なはずだ。彼がなぜ月麦の前でだけ態度を変えるのかが気になっていただけで、関わる理由も、仲良くする意味もないのだ。  
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