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五月も半ばを迎えたある日、月麦が席に着くと「あのー」と言う声が聞こえてきた。自分にではないと思った月麦だったが、「あのー、月麦ちゃん?」という言葉に思わず振り返った。
「え、あ、私、ですか?」
「うん。だってこのクラスにつむぎって名前は一人しかいないでしょ?」
「そうですけど…」
「うちのこと知ってる?」
「えっと…」
もちろん知っている。学校のマドンナだ。しかしながら、こういった時なんと答えればいいのか月麦はわからなくなった。綾菜ちゃんですよね?と言うのが正解なのだろうか。でも、知ってるかと聞かれているのだから、知っています。と答えれば良いのだろうか。ほんの数秒そう考えていると、彼女は話し出した。答えないのが一番失礼だと思ったが、気にしていない様子だったので月麦は安心した。
「じゃあ、自己紹介するね!私の名前は|山﨑綾菜やまざきあやな》部活は吹奏楽部で、誕生日はニ月二日!去年のクラスは三組で、好きな食べ物は辛いもの!よろしくね」
「あ、よろしくお願いします。蘭月麦です」
「もー、固いなー。月麦ちゃんは!あ、その筆箱可愛い!見てもいい?」
月麦は頭が追いつかなかった。どう考えても彼女と自分は違う世界の人間だ。なぜ、彼女は自分なんかに話しかけてきたのだろう。月麦は頭の中でぐるぐると考えていた。
「おーい、月麦ちゃん!聞いてる?」
「え?」
「次の授業、体育だよ。着替えないの?」
「あ、着替えます!」
綾菜はとても明るい子だ。それだけじゃない。茶色い髪はツヤツヤと輝き、瞳は宝石のように美しい。白い肌に赤い唇がよく映える。モデルのように美しい子だった。可愛いのに、親しみやすいその性格から、綾菜は学校のマドンナ扱いされていた。本来は高嶺の花であるはずなのに、そう感じさせない綾菜の行動が多くの人を虜にさせているらしい。
授業は進み、お昼休みを迎えた。
「月麦ちゃん!今日、一緒にお昼食べない?」
「え、あ、私とですか?」
「あれ、あーちゃん?今日こっちで食べないの?」
華やかな集団が綾菜を呼ぶ声が聞こえる。
「今日は月麦ちゃんと食べるの!」
「あー、了解。あ、そういやさっき吹部の子が楽譜渡しにきてたよ!」
「まじ!あざーす!」
綾菜はリュックからお弁当を取り出す。同じようなリュックなのに、彼女のものはとても高校生らしかった。「あ」と綾菜は何か思い出したかのように呟き、お弁当の袋を月麦に託した。
「屋上行きたいんだけどさ、私ちょっと用事あるから先行ってて!」
「あ、わかりました」
月麦は一人、屋上に登り場所を探す。ここは風が程よく吹いていてとても気持ちが良かった。日陰になっている場所が空いていたので、月麦はそこで腰を下ろした。
「ごめんごめん!お待たせー!」
そう言い、綾菜が走ってきた。
「ごめん、あの子たち、あー、さっきうちの子と呼んでた芹那と柚月と花梨ね。賭けで負けてジュース奢る約束しててさ〜」
「本当に良かったんですか?」
「なにが?」
「あの子たちと食べなくて。あの子たちの方が一緒にいて楽しいと思いますよ」
「あ、月麦ちゃんは私といるの嫌?」
「いえ!そんなことないです!」
「ならいいじゃん!てか、ちゃん付け堅苦しい〜。月麦でいい?うちのことも綾菜でいいから」
「あ、はい」
「てか、敬語もやめて良いよ」
「いえ、この方が楽なので」
「そ。んー、ハンバーグ超おいしい!」
「あの、」
「なに?」
綾菜は口いっぱいにご飯を詰め込んだまま聞き返した。
「どうして、私に話しかけてくれたんですか?」
「うーん。可愛いから?」
可愛い?それ予想外の言葉だった。可愛さなら綾菜やあの子たちの方が断然上だ。それに、今まで可愛いなんて言われたこともほとんどなかった。
「なんか月麦って、昔飼ってたうさぎに似てるんだよね!」
「う、うさぎ?」
それは喜んで良いことなのだろうか。
綾菜はとにかく素直な人だった。人と話すことが好きなようなので、話題がなくなることはあまりなかった。だけど、ずっと月麦とは違う世界の話をしていたので、月麦はなんとなく居心地が悪かった。
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