出会いの春

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 綾菜は連絡先を聞くことが出来てから、やたらと風汰に声をかけるようになった。それでは連絡先を聞いた意味があるのだろうか。と月麦は思ったが、恋愛を知らない自分にはわからないことだと思い、綾菜には何も聞かなかった。  「ねね、風汰くんって猫派?犬派?」  「うーん、猫?」  「まじ?うちも猫派!見て見て!これうちの猫!超可愛くない!?」  「へぇー。名前は?」  「マロン!」  「ぴったりじゃん。俺も栗みたいな良い色してると思ったもん」  「あははっ。気が合うね!私たち!」  綾菜は嬉しそうに月麦を見た。月麦が小さくグーサインをすると、綾菜は満面の笑みを見せた。 月麦は楽しそうに話す、綾菜と風汰のことを見てこの二人のことを応援しようと心から思った。  恋人の関係をよく知らない月麦の目から見ても、お似合いの素敵なカップルに見えたのだった。二人が幸せになれますように。月麦はそう願っていた。  それからも綾菜は時々、月麦を誘い一緒にお昼を食べ風汰の話をしたが、二人はただそれだけの関係に過ぎなかった。綾菜は普段は芹那や柚月や花梨と話し、進展があると月麦を屋上へ誘っていた。  そして、七月を迎えた頃。いつものように綾菜は月麦をお昼に誘った。今日は少しだけ暑く、夏の訪れを感じた。  「月麦、実はさ…」  「なんですか?」  「うち、風汰くんと連絡先を交換してしばらく話してたって話はしたでしょ?」  「はい。聞きました」  「それで、本当なんとか頑張って話を続けて来たの。で、昨日好きな食べ物の話になって、風汰くんがオムライスが好きって言ってたの!」  「オムライス美味しいですもんね」  「いや、違うって!!」  「あれ、違うんですか?」  月麦はくすくすと笑う。  「違うよ!実はさ、私もオムライスが好きなの!だからさ、その、」  綾菜はもじもじとしだす。綾菜は普段は思ったことがすぐ口に出る性格なのに、好きな人に対して何か行動を起こす時は、誰かの後押しないと一歩を踏み出せないようだった。月麦は少しだけ声をはっきりとさせ話し始めた。  「誘うには最高の口実ですね」  「でしょ!やっぱりそう思う?」  「はい。それなら、自然にデートに誘えますね」  「デ、デートなんてそんな…!それでさ、オムライス食べた後、どこ行こう…」  「私、そういうのは全然わからないです!」  「うえん。だよね。もしかしてだけど、月麦恋愛経験ない?」  「はい。残念ながら」  「ううっ。どうしようかなぁ」  綾菜はそう言いながらスマホを取り出し、調べ始めた。「あー、なるほど」「えー、これはいきなり難易度高いよ〜」そう言いながらも、その表情はとても嬉しそうだった。  この日の放課後、綾菜は月麦に耳打ちした。 「今日、絶対デートに誘う!」月麦は「応援してます」と同じようにして返した。  なんだか、高校生らしいなと月麦は思った。普通の高校生活というものがどういうものかわからないが、友達の恋を応援するのは青春っぽかった。友達という響きすら未だ慣れないのに不思議なものだ。  月麦は今日はスイーツでも買って帰ろうかなと思って、校舎に出た。が、そんな明るい気分も、一瞬で沈んだ。  「雨…」  しかも、かなり降っている。霧状の雨のため、教室の中にいる時には見えなかったが、いざ出てみると大雨と言っていいほどの雨だった。というよりか、さっきよりかなり強くなっているようだ。  家までは十五分かかる。月麦はしばらく待っていたが、止みそうにはなかった。下駄箱前の忘れ物ボックスの傘も、そういえば全部なくなっていた。諦めて濡れて帰ろう。そう思い、月麦は正門へ向かった。  「冷たい…!」  月麦がそう言った瞬間、ぱたりと雨が止んだ。いや違う。月麦の頭上に雨が落ちて来なくなったのだ。月麦が顔を上げるとそこには風汰の姿があった。  「風邪ひくぞ?」  風汰が月麦の顔を覗き込む。  「!!桜井くん…」  突然現れた風汰に月麦は思わず、肩をびくっとさせた。  「ごめん。びっくりさせた?」    この人、立って並ぶとこんなに高かったんだと月麦は思った。でも、雨に濡れないようにしてくれてるのか、やたら距離が近い。  「そりゃ、急に話しかけられたら誰だって驚きます。それより、二人で入ったら桜井くんが濡れてしまいます。私は大丈夫なんで一人で使ってください」  「こんな月麦を見てほっておけるわけないだろ。ほら、早く行くぞ」  「え!?あ、ちょっと…」  風汰がスタスタと歩き出す中、月麦は冷静に考え始めた。傘に入れてもらっているだけとは言え、こんなところを綾音に見られたら、知られたらどうしよう。勘違いさせて、傷つけてしまったらどうしよう。  月麦は何か他に濡れずに済む方法がないか考えたが、いくら考えても思い浮かばなかった。結局月麦は、綾菜は部活中だから大丈夫だと信じるしかなかった。しかし、綾菜に見られなかったとしても、風汰のことを好きな女子は他にも沢山いる。彼女たちに知られたらどんな目に遭うか。それは想像することさえ恐ろしいことだった。    月麦がそんな考えを巡らせていると、風汰は家とは反対の方向に歩き始めた。  「え?反対ですけど、家」  「わかってるよ」  「じゃあ、なんで」  「遠回りして帰りたい気分なんだよ。先輩の言うことは聞いとくもんだよ」  「先輩って、同じ学年じゃないですか」  「でも、先輩は先輩だろ?ほら、もう少し早く歩いて」    どこか寄りたいところでもあるのだろうか。何であろうと、傘に入れてもらってる身だ。それに一応年上なので、月麦は素直についていくことにした。  しばらく歩いていると、風汰は静かに口を開いた。  「いつも隣に座ってるのに、なんか変な感じだな」  「そうですか?」  「うん。だって、俺たちほとんど会話しないし」  「確かに」  「二人きりだと普通に話すのにな」  「そう、ですね」  いつも隣に座っている風汰はあんなにも遠いのに、なぜ二人になるとこんなにも近く感じるのだろう。月麦はそんな変な疑問に襲われた。  「あ、このレストラン美味しそう」  そうだ。普段、風汰はこんなに話さない。というか、自分から口を開かない。風汰は前からよくわからない人だった。初日はあんなに堂々と話しかけてきたのに、それ以降はほとんど会話を交わしていない。他のクラスメイトになんて、話しかけているのを見たことがない。月麦にとってこんなに考えを読めない人に出会うのは初めてのことだった。  「おーい」  「え?」  「聞いてた?」  「え、何か言いました?」  「濡れてるぞ」  「あ、本当だ」    考え事をしていて意識がいかなかったが、確かに月麦の肩は少し濡れ、ワイシャツが少し透けていた。  「もっとこっち寄れよ」  「いえ、大丈夫です」  「なんでだよ。ほら、風邪ひくから」  風汰は月麦の肩を優しく掴み、自分の方へ引き寄せる。この人の手。こんなに大きいんだ。月麦は、しれっと自分の反対側の肩に手を当てて大きさを確認した。私とは随分違う。  「あ、ごめん。肩当たってた?」  「いえ!違います。大丈夫です」  その後しばらく、二人の耳は雨音と靴が水を弾く音に包まれていた。そして、風汰が小さく息を吸い、口を開いた。  「月麦はさ、」  「はい」  「学校楽しい?」  まるで久しぶりに会う親戚のような突拍子のない質問に内心驚きつつも、月麦はいつもの調子で返した。  「そこそこには」  「そこそこか!」  「はい」  「いいことだな。それくらいが一番だ」  桜井くんは学校楽しいですか?そう聞き返したかったが、言葉が出てこなかった。風汰は高校を楽しいと思っているのだろうか。風汰が持つ、他の人とは違う『違和感』。その正体がわかるまで、月麦はこの質問をしてはいけないような気がした。  気づくと家の前に着いていた。風汰といる時はなぜこんなにも時が経つのが早く感じるのか、月麦には全くわからなかった。ただ、それが嫌ではないことだけが確かだった。  二人は玄関の前に来ると、お互いの顔を見てから別れた。  「じゃあな、また明日」  「はい。また明日」  月麦は久しぶりのこういう会話がなんとなく嬉しかった。  「今日、やっぱりスイーツ買えば良かったな」  家に入るとすぐに月麦はそう呟いた。そういえば、風汰はなぜ遠回りをしたのだろう。てっきり、お菓子でも買いたいのかと思っていた。でも、風汰は結局どこにも寄らなかった。もしかして、自分のため?月麦が人と会いたくないことを察して、人目の少ない道を歩いてくれたのだろうか。  「まさか、そんなわけないよね」  月麦は濡れた肩の水を払い、タオルを取りに洗面所へ向かった。
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