ヒカルタマ

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 私はいつものように欲の回収の為山の中を歩いていた。人の手が入らない辺鄙な山奥で鬱蒼と樹木が生い茂る。樹木や地面に転がっている石は苔に覆われており、辺りにはひんやりするような空気が流れている。  山肌は険しくはあるが、動物が行き来しているのであろう獣道は辛うじて出来ている為歩くにはそこまで苦労しない。時折立ち止まり『眼』を使い欲のありかを確認する。目を瞑り暗闇に神経を集中する。そうすると森の静寂さの中で、空気が張り詰めるかのように『キーン』と音がする様に感じられる。 「バキッ!」    突然この静寂を破るような物音が聞こえた。不意に聞こえたその音に咄嗟に振り返ってしまう。視界の先にある生い茂った樹木の間を何かが横切ったように見えた。目を凝らして見ているとやはり何か動いている。獣だろうかと見つめていると、その影は徐々にこちらへと向かってきて次第にその輪郭を露わにしていく。私はその近づいてくるものを言葉も出せずに見つめていた。  それは人だった。年の頃はまだ成人前の私よりは少し年上であろうか、ヒョロリと背の高い男性だった。ボサボサになった髪、着ている服は山道で転んだのか土埃で汚れており、この山奥に迷い込んでしまったかのような印象であった。 「君は何をしているんだい?」  男は私の正面までくると唐突に話しかけてきた。私は一族以外の人間をあまり見た事がない為、喋ってもいいものか逡巡していた。その様子を見て男は私が不快感を表しているのだと勘違いした。 「あぁ……。失礼、私はジェイクだ。各地を放浪しているうちにここへ辿り着いたんだ。君の名は?」 「……。わたしはロレイン……」 「ロレイン……いい名前だね……」  私の名前を聞いた男は優しい光をその目に宿したまま、膝が折れるかのように後ろにあった樹木へ倒れるようによりかかり、そのまましゃがみこんでしまった。いきなりの出来事に私は無意識に男の近くへ腰を下ろしその顔を覗き込んだ。 「……すまない。このところ何も口にしていなくてね……。もし何か食べ物を持っていたら少し分けて欲しい……」  私が食べ物を探してバッグの中をガサゴソとかき混ぜていると急に上空で鈍い音が鳴り響いた。 ――ミシッ、メキメキメキ、ギシッ!  咄嗟に上を見上げてみると、年月を重ねた樹木の枝が下を向いてしなっていた。枝はもともと朽ちていた事もあったのかもしれない、そこへ男が幹に体当たりするように衝撃を与えてしまったようだった。私は今にも落下してきて来そうな枝を目の当たりし、身動きが取れなくなってしまった。  その瞬間、私の体に『ドン』という衝撃が加わり後方へ投げ出されていた。その刹那目の前に太い枝が音を立てて落ちてきた。私は思わず手で目を覆っていた。  辺りが再び静寂に包まれ少しの沈黙の後、くぐもった声が聞こえて私は覆っていた手を弾いた。 「ジェイクさんっ!」  眼前ではジェイクが私を押し出すような格好で倒れていた。その足は枝の下敷きになっていた。 「ジェイクさんっ! 大丈夫ですか?」 「あぁ、大丈夫だよ……。骨まではいっていない。でも、結構痛いからこの枝をどかして欲しい……」  そう言ってジェイクは痛みに耐えながらもニコッと笑った。その目にも優しい光を宿していた。私はその光に一瞬動きが止まってしまったが、目を逸らし慌てて枝をどかした。枝に挟まれていた部分は骨には異常がなさそうとはいえ、おいそれと動かせるような状況ではなかった。水筒の飲み水にハンカチを浸して腫れている部分にあててみたがあまり効果はなさそうだったが、それでもないよりはマシだろう。 「す、すみません。私のせいで……。こんな事になるなんて……」 「本当に大丈夫だよ。しばらくじっとしていればすぐに元に戻るさ。……それよりも、その、腹が空いてしまって……」 「あっ、すみません。さっきのバタバタで忘れていました。私サンドウィッチを持っているので良かったら食べて下さい」  そういって再びバッグの中を弄り、紙で包まれたサンドウィッチを取り出してジェイクの方へ差し出した。 「あ、あの……、私家から何かケガに効きそうなものを持ってきます。ただ……もう日暮れが近いので今日は家から出てくる事は出来なくて……」 「あぁ、大丈夫だよ。僕は野宿には慣れっこだし、こんな森で夜女性が一人で出歩く方がよっぽど危険だ」 「お気遣いありがとうございます。明日必ずここへ来ますので。あっ、もちろん食べ物もお持ちしますね」  彼はそれはありがたいと嬉しそうに言って、首からかけていた小さな小箱のついたネックレスを差し出してきた。 「森は危険だから君にこれをあげるよ。僕の故郷のお守りなんだ」 「そんな大切なもの……いいんですか?」 「いいんだ。きっと守ってくれるから」    お礼をいいネックレスを首からかける。それを見てニコリとしながら見送ってくれた。単調な日々の中に突然現れた非日常的な出来事に戸惑いつつも、どこか気持ちが高揚している様に感じた。
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