2年目の入学式 side 志緒

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2年目の入学式 side 志緒

 かばっと勢いを着けてベッドから、起き上がる。 今日は、入学式。 「はぁー。」 大きく息を吐き、出勤の準備。 昨日のうちに準備したものを確認する。 『礼服、パンプス、パールのネックレスとイヤリングと念のためのパールのピアス……。よし、OK…。それから、ジャージ上下っと。』 窓を開け、空を見上げると、青空にうっすらと白い雲が点在している。 しかし、天気とは真逆な憂うつな気分……。でも、行くしかないし……。 今年は、教師を辞めるつもりだった。でも、生徒たちが、アパート近くまで来てしまい……。校長先生と面談する羽目になるし。 そして、 下した結論は、『3年生を送り出して、辞めよう……。』だった。 「やるしか、ないかっ!」 朝食を食べ、歯磨きし、いつもより30分早く、家を出た。 学校へ着くと、生徒二人に入り待ちされていた。 「先生!おはようございます!」男女の声がハモる。 私も 「おはよう~。今日は、よろしくね。先に体育館、入ってて?」 二人は、頷き歩き出す。 ロッカーと職員室へ向かい、体育館へ。 柴田心優(しばたみゆ)さんのピアノが鳴っている。指揮者は、橋村尊(はしむらたける)くん。 この二人は、生徒会役員でもあり、とても協力的な生徒。 私が、辞めることを思いとどまることになったのも、二人がいたからだった。 昨年度の2月の雪の日。 この二人と数名が、部活を終えて帰ろうとした私を取り囲んだ。 橋村くんが、思い詰めた雰囲気で言う。 「先生、辞めるんですかっ?」 『……。』 「私たちの卒業式、参加して下さいっ!志緒先生のピアノ伴奏で、卒業したいんです。」と柴田さん。 「何、言ってるかな?(何で、知ってるの?)」 淡々と答えたつもりだか、内心は、ドキドキだった。人事は、漏れていないはずなのに。 「樋口が……。秋田先生が話してるの聞いたって……。」 『なるほど。』 すると、樋口くんは、 「先生が、辞めるか、他の中学へ異動するんじゃないかって。廊下で、話してたから……。」 「ふぅー。まだまだ、分かりませんよー。」 おどけた感じに言って、受け流す。 生徒たちは、私への視線を外さない。 「ホントに、分からないの!私は、講師だしね。かりに決まっていても、教えてあげられるのは、直前だから(笑)」 と、伝えた。 「辞めない…、ですよね?」 生徒たちの視線が私に向けられる。 このことは、話すべきではない。 何か、違う話……と考えあぐねていると、廊下を歩いて、こちらに向かってくる人影。 「おーっ、まだ、居たの?新生徒会、頑張ってるよね。でも、もう下校時刻だぞっ!」 明るい雰囲気のノリで、声をかけて来たのは、佐々木理人(ささきりひと)先生だった。 『ナイス、タイミング!』 佐々木先生が神様に見えた。 「じゃ、帰ろう?みんな。」 と告げ、その場を離れる。 「佐々木先生、さっきは、ありがとうございました。」 「えっ?何のこと?」 「生徒玄関で……。」 「たまたま、『見回り』、してただけだよ。(笑)」 「……。でも、ありがとうございました。話題をかえるタイミング、ミスっちゃってて。」 「ふーん。まだ、少し、時間あるし、色々、考えたら?」 佐々木先生は、さっきより、落ち着いた話し方で、諭すように提案してきた。 たぶん、仲の良い莉子先生から、何か聞いているのかも知れない。 「それより、腹、減らない?食べて帰ろうよ。」 「そうですね。作るの、面倒かも。」 「奢るよ?ラーメンで良ければ(笑)給料日前で、少し金欠…。(笑)」  実家暮らしの佐々木先生。気づかってくれているのが凄く伝わってくる。 話し相手が欲しい時だったので、独り暮らしの私は、ありがたく、この提案に、乗っかった。 そして、新年度。 私は、今年もこの中学に勤務している。色々、迷ったが、後一年、続けようと思ったから。 目標は、3年生の進路を見届けて、送り出すこと。 また、新しい一年が始まる。 入学式を終え帰り支度をし、職員室を出る。 『ふぅ。終わった……。何事もなくて済んだな。橋村くんと柴田さんも頑張ってくれたし。』 少しホンワカした気持ちで玄関へ向かっていると、 バタンっ、タッ、タッ、タッ、タッ。 後ろから足音が迫って来る。 『生徒はいないはずだけど?』 振り返ると、新任の大高創(おおたかはじめ)先生が…。 「中村先生、校歌、すごかったです。体育館中に、響いていましたよっ!!」 興奮気味に、話す。 思わず、二、三歩、後退る私。 簡単なやりとりをし、その場を足早に去った。 私にとって、この内容は、ちょっとしたトラウマ。 あまり、触れて欲しくない話題である。 歌うことは、好きだ。 これからも、アマチュアででもいいから、演奏活動は続けていきたい。 でも、そのことで、仕事がしづらくなるのは、辛い。正直な所、複雑な心境だ。 今までも、比較されたり、優劣をつけられることはあった。でも、昨年度のように、露骨に態度や言葉の攻撃に合ってしまうと、正直、メンタルがやられる。 昨年の教訓……。 前に出ないこと……。 上手くやり過ごすこと……。 そんなことを思っていたので、大高先生に、言われた言葉に正直、戸惑いを覚えた。 “でも、嬉しかった…。” 感動したと伝えてくれたことが……。 そして、 『大高先生、素直に気持ちを表す人なんだな。』 と微笑ましく思い、車へ向かった。
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