NO残業デー

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NO残業デー

今日は、月に数回あるうちのNO残業デー。“定時に帰りましょう”という日。 アパートにピアノがない私は、織笠教頭先生にお願いして、音楽室のピアノを借りて、練習と気晴らしをする時間にしていた。 すると、いつしか、佐々木先生がやってくるように……。 そして、泉先生も。 実は、佐々木先生、ピアノが弾ける。しかも、かなりの腕前。 お母様が、ピアノ教室の先生をしていて、物心つく前からピアノが生活の一部だったらしい。 「弾いて下さい!聴いてみたいです。」 とお願いする私。 佐々木先生は、 「初めに言っておくけど、聴かせるほどじゃないよ?」 そう言って、弾き始めた曲は、なんと、ショパンのバラード1番。 音大生のピアノ科の学生が弾くような大曲……。 『スゴイっ!!しかも鍵盤を弾くタッチも絶妙……。音色も綺麗……。』 彼の前でピアノを弾くのが恥ずかしくなるような、そんな演奏だった。 「佐々木先生、ショパンのバラ1(いち)なんて弾かないで下さいよ~!」 「ブランクもあるし、上手くはないよ。ただ、指が動きそうだから、弾いてみただけだし……。(笑) もし、良かったら、歌の伴奏、弾かせてくれない?」 と提案された。 私とっては、嬉しい提案でしかない。 それからは、佐々木先生も音楽室へ訪れるようになった。 でも、二人きりはやはり、気が引ける。噂になるのも恐い……。 すると、佐々木先生は、泉先生を誘ってくれた。 二人は、とても仲が良いので、あっさりOKをもらえたようだ。 (きっと、付き合ってるよね?) 初めの頃は、私たちの演奏をBGMに読書をしていた泉先生。 しかし、ある時から、書道道具を持ち込むように。 泉先生曰く、 「音楽室は広いし、余計な机もない。蛇口もあるし?集中出来そうだし?」 だそうで、今では、床に敷物を敷き詰め、本格的に筆を走らせるようになった。 泉先生の書もとても素晴らしい。力強く、繊細。 定期的に出品しているという。 そして、ある時には、橘先生が、ヨガマットを敷いて、ヨガをするように……。 「だって、生演奏のBGMで、汗を流せるなんて、素敵じゃない?」と。 私は、佐々木先生のピアノで、声楽曲を練習したり、一緒に、連弾したり……。 時々ある貴重な1時間を、練習と気分転換に当てるようになった。 その間、職員室で織笠教頭先生が、待機してくれている。 ☆☆☆ 職員室にもどると、帰り支度をして足早に帰る先生方の姿……。 『あれ?』 そんな中、違和感を感じる。 荷物が置いてあるのに、姿が見えない先生方が……。 「大高先生、帰らないの?NO残業デーだよ。彼女とデートとかは?」 ちょっと、浮かれた感じで声をかけたのは原先生。 「いっ、いませんよっ。彼女なんてっ(笑)」 「じゃ、自宅でゆっくり?俺はそろそろ、出るけど?」 「佐々木先生、中村先生、泉先生、橘先生の荷物があるんですよ。残業、してるんですかね?」 「今日は、残業しちゃ駄目でしょ?じゃ、帰るね?!」 と言い残し、 俺の質問には、答えず職員室を後にする。 『分かりやすい……。溺愛している奥様とのデートって言ってたっけ……。』 辺りを見渡すと、職員室には、俺と織笠教頭先生のみ。 織笠教頭と目が合う。 ニコニコして俺に視線を向けてから、 「大高先生も、行ってみます?ついて来て。」 『???』 俺は、教頭先生の後について歩く。 教頭先生は、特別棟に向かって進む。 「多分、みんな、居るわよ?」 と。 そして、第2音楽室の近くまで行くと、話し声が…。 織笠教頭が、ノックをしてドアを開けた。 一斉にこちらを向く、4人の視線……。 「「「「……。」」」」 「織笠先生、すみません。いつも、人数が増えてしまって…。」 「いいのよ。少し位なら。中村さんは、満足できたの?」 「はい、お陰さまで。」と中村先生。 「教頭先生、今、“中村さん”っ、ていいましたか?」 「ええ。」 すると、 「織笠先生は、私の中学2、3年生の時の担任なんです。私、織笠先生みたいな音楽の先生になりたくて……。」 尊敬の念を込めた熱い視線を送る中村先生。 それから、すぐに、回りを見渡すと、思い思いな格好で寛いでいる先生方が目に入る。 ヨガマットで汗を流す橘先生、筆を走らせる泉先生…。 そんな中、 「今日は、どんな曲?」と教頭先生。 佐々木先生が、直ぐに答える。 「歌は、さっきまでヴェルディのオペラ“椿姫”から、乾杯の歌。連弾は、サン=サーンスの動物の謝肉祭から“アクアリウム”でしたよ。」 「中村さんの椿姫、最高ね。合ってるわ。サン=サーンスもいいわね。私にも聴かせて欲しいわ!」 「じゃ、弾きますか?」 と佐々木先生。 鍵盤の前に、中村先生と佐々木先生が座り、お互いに合図をして、演奏が始まる。 ♪~ 『佐々木先生って、ピアノ、弾けるんだ。英語ペラペラでイケメン、長身、スポーツマンって…。完璧すぎだろ?!そういえば、3年女子が、“皇子キャラ”って言ってたなぁ…。』 そんなことを思っていたら、演奏が終わっていた。 聴いていたみんなが、拍手を送る。 「中村さん、佐々木先生、とても息が合っていて、いい演奏だったわ! 生徒たちにも出来れば、聴かせたいわねぇ……。それより、大高先生、何か趣味は?メンバーに混ざりたくなるんじゃない?」 「いえ、僕には、ここに入れるような趣味は残念ながら…。ジムで筋トレ位で……。(笑)」 『実際は、スイーツ巡りが趣味だ。自分で作ったりもする。我慢せず、美味しく頂くためのジム通いだ。 いわゆるスイーツ女子ならぬ、スイーツ男子かな。簡単には、話せない…。』 「生演奏のBGMで、読書もいいわよ?あらっ、こんな時間……。そろそろ、帰りましょうか。」 この一言で、全員が片付けを始めた。
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