夏の終わり

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夏の終わり

「ねえミノル、聞いてたでしょ? ミノルは人を殺してなんかいなかったんだって。今更言われても困るよね?」  僕は庭園の奥にある物置小屋の方を見ながら尋ねてみた。当然返事はない。 「でもさ、僕思うんだよね。僕達は持ってはいけない感情を一瞬でも芽生えさせてしまったんだ。例えいっときのものだったとしても、僕達アンドロイドは絶対にそんなことはあっては駄目なんだ。僕もミノルも、それにあの人もね……そうだと思わない? ミノル」  今度は物置小屋の小窓を覗いて、同意を求めるようにして尋ねる。  彼女はピクリとも動かなくて、僕が彼女のからだを強制終了させた日から何一つ変わらない表情で一点を見つめている。 「またミノルを起こして、二人で花を観てまわるのも素敵なことだし、もちろんそうしたい気持ちで山々だよ? でも、僕達にはそれすら許されないとも思うんだ……」  僕は物置小屋の戸をそっと開けた。 「ねぇ、ミノル……? 僕も隣に行ってもいいかな?」  僕は彼女に訊いた。彼女が何も言わないことをいいことに、僕は遠慮なく小屋に足を踏み入れる。  中に入って戸を閉めると、木製のベンチに座る彼女のすぐ隣に腰を下ろした。まだ早朝のせいか、ひんやりとした空気が張り詰めている。  何時でも花が見られるようにと彼女をここに座らせた。掃除はしていたつもりだったけど、少し埃が被っていて、彼女に申し訳ない気持ちになる。  僕は彼女の手をしっかりと握り、彼女の肩に頭を預けた。 「勝手な僕を許してくれるかい? ミノル……」  僕は彼女に寄り添って、静かに瞼を閉じた。彼女に触れられる幸せを感じながら、二人が真っ新な状態で、いつまでも一緒にいられることを願った。  久しぶりにからだの真ん中へんが熱くなるのを感じる。恐らくこれが最後の温もりになるだろう。僕はそれを、自分が完全に止まってしまうまで噛み締めた。  僕はアンドロイド。  主な原動力は電気。電気さえ通っていれば、どこでも充電可能だ。  この場をじっとして離れなければ、彼女の様にいずれ僕も動かなくなる。  僕たちには一応、非常用の発電機が備わっている。だから万が一、小窓から差し込んだ陽の光によって電力が回復し、僕のからだが起動されたりでもしたら、きっと神様のいたずらだと思って、その時ばかりは喜んでここから外に飛び出してしまうかもしれない。  だけれど百年以上たった今まで、彼女の身にそんなことは起きなかったから、期待しないでおいた方が良さそうだ。 〈了〉
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