26.管理者権限

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「あれッ……明石さん?」  萌子の呟きを耳にした『上位管理者』は、それを即座に否定して返す。 「あなた方に『明石麗子』と名乗ったその機能と一緒にされるのは心外ですね。わたしは『アカシック・レコード』の保全と管理を行うものです。あなた方に毒され、感情の赴くまま反乱を起こし、『アカシック・レコード』の秩序を脅かすもの……世界の(ことわり)(くつがえ)そうとする不遜(ふそん)な機能と同一のものと見られることは、不快極まりないです」  ギンジ、小梅、萌子はその存在の放つ高圧的な雰囲気と、あからさまな敵意に圧倒されていた。確かに顔立ちは麗子と同じものだったが、冷たく突き放すような辛辣(しんらつ)な言葉選びは非人間的な印象をことさらに強調している。短い時間でしかないが、共に過ごす時間の中でどことなく人間らしさを得た麗子とは似て非なるものだと四人は認識していた。そんな相手に、トメキチは構わず減らず口を叩く。 「ケッ、俺たちの世界を消しとばしといてよくいうぜ。自分の思う通りにならないからって、気に入らねェってだけで都合の悪いことを全部なかったことにして、お前はなにがしたいんだ? 俺にゃ駄々(だだ)をこねまくってスネてるガキにしか見えねェぜ。それとは逆に、明石はお前を見限ってまでこの世界を護って、遺したいものだって思ってくれてんだ。小難しいことばっかいうけど、明石が目指す未来は自分のためじゃなくって、俺たちが生きる世界のためだってことは俺にだってわかる。だから俺は……『俺たち』は明石を仲間だと、俺たちと共に生きて行ける友だちだと思った。世界は失くなっちまったかも知れねェけど、明石がいればやり直せる! タケマルもいて、みんながいてくれて、真っ当に生きて行ける世界は絶対に譲れねェ! お前がバカにするみんなの想いは、そんなもんじゃねェんだ! 人間をナメるんじゃねェ!」  トメキチの意志表明を聞き、眉間にシワを寄せて、まるで汚物でも見るような眼差しでトメキチを睨みつける。そして『上位管理者』は吐き捨てるようにいい放った。 「やはり不定で不安定な人類の感情は、非論理的で、なんら生産性のない、推し量ることすら忌むべき無為な愚かさにまみれているのですね。威勢がいいのはわかりましたが、その暴言の数々……度重なる愚行……あなたには存在する価値を見出せません。消えてください」  『上位管理者』がトメキチに向けて人差し指をかざす。指を中心にして直径十センチほどの白い光球が六個発生し、それぞれが螺旋を描くように回転しながら速度を上げてトメキチへ向かって飛んで行った。 「いきなりかよッ!」 「軌道は読みやすい、魔力楯で弾けるか試してみよう」  ギンジはその光球を防ぐために魔力楯を準備する。しかし麗子はそれを遮るように叫んだ。 「ダメです! その『破棄』コマンドは受け止めずに避けてください!」  麗子のいう通りに、トメキチは襲いかかる光球をサイドステップで避け、ギンジは魔力楯の発生を取りやめた。トメキチをかすめるように飛んで行った光球は、塔の屋上外壁に命中すると、放射状に約二メートルほどの閃光を発した。閃光に飲まれた外壁は白い光の粒子と化して霧散し、虚空の一部となって消え失せた。 「おいおい、冗談だろ……」 「触れると爆散してその周囲を『破棄』するのか。できるだけ距離を空けて防御しよう」  それを端に、五人は散開して応戦の準備を始める。ギンジは陽動のために真空斬を連続で撃てるように『功力』の消費量を調整し、小梅は光球の着弾により閃光の範囲を逆算して離れた場所に防壁を出せるように発生位置を動かしていた。萌子は小梅の術式準備を邪魔されない位置へ立ち、矢をつがえて『上位管理者』を牽制するように(やじり)を向ける。  トメキチは円砕破や大円砕破以外では距離を保てる技を持っていない。また硬気も至近距離で防御を行う技のため、攻めも護りも手詰まってしまう。仕方ないので小梅を護れる位置につき『功力』を練り始めた。  麗子は予備動作もなく即座に『ニードル・クラッカー』のような光束を放ち、立て続けに雷撃数発を浴びせるが、そのどれもが『上位管理者』へ到達する寸前でかき消されてしまった。 「不可視のフォースフィールドのようなもの、か……明石さん、あれは飽和攻撃で破れそうかな?」  ギンジが麗子へ問いかけるが、麗子が答えを述べる前に『上位管理者』は左手のひらを広げ、床面へと向ける。五人それぞれの床が直径約六十センチほどの白い輝きを放ち始める。またもや麗子が声を荒らげ、床から飛び退くように移動した。 「光っている床から離れてください! 床が抜けます!」  トメキチとギンジ、萌子はその危険を察知して床に穴が開く前に避けることができたが、各種術式の展開に意識を向けていたため、身体の反応が遅れてしまった小梅の足元にぽっかりと穴が開いた。 「あ……」  あまりにも突然だったため、小梅は悲鳴にもならない声を漏らすだけだった。 「小梅ッ!」  萌子は間一髪で、穴に飲み込まれるように落ちて行こうとする小梅の右手をつかむ。すぐにトメキチも穴に駆けつけ、小梅の引き上げを手伝った。小梅は自身が落ちかけていた眼下を覗き見て、恐怖に顔を強張らせる。塔の六十階のフロアは見当たらず、そこも白い虚空が広がっていたからだった。 「ありがとう……萌子、吉太くん……」 「また『破棄』コマンドが来ます! 三人とも早くそこから離れてください」  『上位管理者』の放った白い光球が、小梅の引き上げを行っている萌子とトメキチへと迫っていた。
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