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「彼らはわたしが見つけた『心強きもの』たちです。壊れ行く『記録』を元の姿へ戻すための希望です」
「それはあなたが、彼らの『記録』を改変したことによってもたらされた能力によるものでしょう。わたしたちの『権限』によって与えられたものに過ぎません。それに『記録』は壊れてはいません。異物の『抹消』を行うことで正常な稼働状態へ戻ります」
「これまでの彼らの行動、彼らの想い、彼らの願い……苦悩、苦痛。そして『木之内竹丸』を世界から『破棄』した際の苦渋の決断。そうした『現実』を認識した上での判断ではないのですね。やはり理解していただけていなかったようで、とても残念です」
「『木之内竹丸』以前でもそうでした。人類の本質は充分に理解しています。過ぎたる力を手にした人間はその力に溺れ、飲まれ、自身の望む世界へと現状を変革しようとします。『木之内竹丸』もまた、今までの人類の為政者たちとなんら変わりはありませんでした。『抹消』することでこの世界は『記録』へ痕跡を残すことはありませんが、わたしたちの『記憶』には失敗事例として残り続けます。なにも残せなかったワケではありません」
「人間たちは死んだとしてもその痕跡を遺すことがままあります。連綿と後世へと伝えられるものもいます。その姿が失われたとしても、その後に遺されたものの記憶としてあたかも存在しているかのように生き続けるのです。『記憶の集積』という意味ではこれはまさしく『アカシック・レコード』の性質と同じではないですか? あなたには、世界の記憶を集め、管理している理由と同じだと気づきませんか?」
「失望したのです。すべてに。いくつもの事例を目の当たりすればするほどにそれは確たる証左であることを思い知りました。あなたが失望を味わうことがなかったのは、単に運がよかったからにほかなりません。そんなことで、わたしの下した決定は覆りません。あなたも、わかっているのではありませんか?」
「記憶の未来を司るものが、単なる運だと断ずるのは、いかがなものかと思います。あなたの失望の大きさはわかりました。ですが、やはりわたしはその決定に異論があります。あなたは、あなたがこれまで観察して来た人間に、きちんと向き合って来たのですか? 歩み寄ろうともせず、声を聞こうともせず、ただ一方的に力を押しつけ、意にそぐわなければ断罪して『抹消』を始める暴挙を、そしてわたしの意志など歯牙にもかけない、わたしの思念を蔑ろにする、そのやり方を認めるワケには行きません」
「では、こうしましょう。あなたが『心強きもの』と認めたものをあなたの手でその力を測り、あなたの機能を停止させることができたなら、わたしの元へと送って来てください。そうすれば『管理者』として承認することも視野に入れて検討して見ましょう」
「わたしの機能停止をもってして彼らの力を試せ、と仰るのですね。そうすれば『管理者権限』を得るに資すると。それは『木之内竹丸』が語っていた力の論理と同じ理屈ではないですか? 心の強さと力の強さの性質はまったく異なる別のものです。あなたには彼ら『心強きもの』の本質が見えていないようですね」
「論理的に比較できないものを、どうやって分析すればよいのですか? そのような主観的な観念を信じろというその根拠がわかりません。人類の感情という不定で、不規則で、曖昧なものをどうやって観測し、分析し、その判断に至ったのか、わたしには理解できません」
「これ以上、言葉を尽くしてもあなたには『心強きもの』の持つ特性……他者を労り、慈しみ、思い遣る優しさ、己の得た力に飲まれず、常にその在り方を自身に問い続け、自身を律する強さ、互いの違いを知りつつ信じ合い、苦難を乗り越えるために助け合い、強固な絆を結ぶ人類社会の無限の可能性とその尊さ、それをわかり得ないのでしょうね。それにあなたの元へ送り出したとしても、あなたが再び約束を反故にする可能性も充分あり得ますが、いいでしょう。その旨で承知いたしました。その代わり、彼らとの決着がつくまで世界の『抹消』を中断していただけませんか? 彼らの心痛を少しでも和らげ、わたしとの戦いに集中し、全力を出し切れるようにするためです」
「わかりました。少しの間だけ『抹消』作業を中断しましょう。それよりあなたこそ、手加減などで彼らに忖度しないようにお願いいたします」
「承知いたしております」
麗子が承諾すると同時に、空間に表示されていた画像が消える。
会話を終えた麗子は短く息を吐き、俯き、黙り込んだ。
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