72人が本棚に入れています
本棚に追加
気落ちしたかのように頭を垂れていた麗子が、顔を上げ、四人に向かって告げる。その眼は哀しみに潤んでいるようにも見えた。
「一時的ではありますが、世界の『抹消』を中断させることができました。ですが、やはりわたしの要請……わたしの想い、わたしの希望は、上の『管理者』には伝わりませんでした……申し訳ありません」
トメキチには『上位管理者』の語った内容のほとんどが理解不能だったが、それでもタケマルと麗子、そして自分たちがバカにされたような、見下されたような印象を受けていた。そしてそれに憤慨して怒鳴り始めたが、自分がなにに対して怒っているのかさえもわからなくなるほど、頭に来ていた。
「明石が謝ることなんかねェ! なんなんだ、アイツは! お前たちの話しはやっぱりさっぱり、なにがどうなってんのかわかんねェんだけどよ! でもな、アイツが俺たちをバカにしてんのだけはしっかりわかったぜ!」
『上位管理者』のまったく取り合わない姿勢と、一方的に下した麗子への命令に、ギンジは肩を震わせながら怒声を張り上げた。
「タケマルを陥れたのはっ! そして世界の『抹消』は、あの『管理者』の思惑だったのかっ! タケマルが『くだらない』といっていた意味がようやくわかった! それに世界の『抹消』を止めたいという願いを逆手に取って、僕らと明石さんを戦わせるように一方的に命令を下した、そのやり口がヒドすぎるっ! これじゃあまりにもっ! あまりにも……明石さんが可哀想じゃないか……」
怒りに任せて叫んでいる間にギンジは冷静さを取り戻す。そして改めて『上位管理者』が提示して来た条件の理不尽さに言葉尻のトーンが下がって行った。
「早乙女くん、剣持くん。わたしのために怒ってくださって……これが人類の共感、というものなのですね。うれしいです……が、あなた方がわたしを機能停止できなければ、わたしの上の『管理者』は『抹消』を再開するでしょう。残念ですが、あなた方に選択の余地はありません」
萌子はその事実に耐えかね、俯き、今にも泣きそうに声を落とした。
「そうはいってもさ……あたし、明石さんと……友だちと戦うなんて、そんなのもうイヤだよ……」
気落ちする萌子に寄り添い、小梅もその心中を語る。
「私も、明石さんと戦うなんてできないよ……大切な友だちと戦うなんて……」
「ここに至って、弓削さんと木之内さんは、まだわたしを友だちだと認めてくださるのですね。あなた方に出会えて本当によかったと思います。でも、わたしのことは気にしないでください。わたしは『アカシック・レコード』の保全を行う機能のひとつにすぎません。あなた方のような生命を持つものではないのですから、気に病むことはありません」
「ンなカンタンに割り切れるワケねェだろッ! 俺たちは大切な友だちをこの手で……手にかけちまった。またそれをやれってのか? できるワケがねえッ! 明石、お前は俺たちの大切な仲間……友だちだッ!」
「明石さん。君は僕らに戦う力を与えてくれた。今までたくさんの助言と助力をしてくれた。そのことには感謝しかない」
「おいッ、ギンジ、お前まさか……?」
「最後まで聞いてくれ、トメキチ。僕らは明石さんから受けた恩を、まだひとつも返していないんだ。なのに、その恩を仇で返すことなんかできるワケないじゃないか!」
四人に戦う意志がないことに被りを振り、麗子は深く息を吐く。そして、できるだけ冷たい口調を繕って続けた。
「わたしも黙ってやられるつもりはありませんよ。でき得る限りの抵抗をして見せます。そうでなければ上の『管理者』は納得しないでしょうし。これまであなた方は、その『強き心』でたくさんの苦境、苦難を切り抜け、乗り越えてここまでたどり着きました。そして見事に『魔軍総帥』を討ち果たし、世界から『破棄』しました。ですがそれはわたしの与えた力のおかげともいえます。全力でかかってこなければ、ケガだけでは済みませんよ」
麗子の強がりとも思える煽りの口上は四人にとって哀しく、なんともいえない切なさを醸していた。
「なァ明石、お前いってたろ。目的が同じなら助力と助言をするッてよ。今でもそれが変わらないんだったら、俺たちとお前が戦わずに済む方法を見つけて、考えて、助言してくれよ! なんだったら、俺はあの上の『管理者』ッてヤツをブッちめてやってもいいんだぜ!」
麗子は少し困惑したような顔で顎に手を添え、しばらく思案していた。そしてトメキチの宣ったその意味に気づくと目を丸く見開き、やがて薄らと微笑みを浮かべた。
「ふふっ。早乙女くん、あなたは本当に底の知れない、鈍いのか鋭いのかわからない人ですね」
「あァ? つか、ぜってェホメてねェだろ、それ!」
「そうでもないですよ。あなたは自分で思っているほど愚かではありません。むしろその機転と発想は、非常に興味深いです」
麗子はいつもの鈴のような声で笑ったあと、一層の真剣味を帯びた表情へと変わり、四人に向かってその決意を語る。
「もし、その覚悟があるのでしたら、わたしと共に来ていただけますか? わたしの上の『管理者』の元へ。ただし相手はわたしと、あなた方を即刻世界から『破棄』できる力を持っています。どれだけの犠牲が出るかわかりません」
「それって……明石さん、あなたもしかして!」
「はい、木之内さんのご推察通りです。わたしは……あなた方の概念でいうところの『下剋上』を起こそうと考えています」
最初のコメントを投稿しよう!