26.管理者権限

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「まさか君が謀叛(むほん)を企てるとは、恐れ入ったよ。でも明石さん、君は本当にそれでいいのか?」  ギンジの問いかけに、麗子は俯き、床へ視線を落とした。表情からは察することはできないが、ギンジはやはり上に対する引け目を感じているのだろうと思っていた。しかし麗子の返答はギンジの想像の斜め上を行っていた。 「勝てる見込みが薄いのはわかっています。わたしよりもヒエラルキーが上である(ゆえ)に、機能的な性能は向こうの方が優位ですから、わたしだけでは太刀打ちできないでしょう。助力を()うているのはわたしの方なのです。ですが、あなた方をこの戦いに巻き込んでしまうことが大変心苦しいのです」 「いや、そういうことじゃなくて『上位管理者』は君の仲間なんだろう? 仲間と戦うことになって、その……君の心は大丈夫なのかい?」  ギンジの心配げな声色に対して麗子は顔を上げ、気色ばむように微笑み、なぜかうれしそうに続けた。 「わたしのことを気にかけてくださっていたのですね。ありがとうございます。本来ならばあってはならないことを実行するのですから、わたしの担った責務に対して多少の呵責(かしゃく)を感じないワケではありません。ですが剣持くんの仰る意味……わたしと向こうの間には、あなた方と共に築き上げて来たような友情や信頼といった感情は一切ありません。ですので、わたしにとって戦いを躊躇(ちゅうちょ)する要因はないと断言できます。それに先に力の論理を持ち出し、わたしとあなた方を争わせようとしたのは向こうの方なのです。それと同じ論理で対抗したところで、向こうには(とが)める理由も権利もないでしょう」 「それならいいんだが……君はすっかり、覚悟を決めたようだね」  ギンジは麗子が『上位管理者』のことを『わたしの上の』から『向こう』と称するようになっていることに気づいた。その(うち)を推し量る(すべ)はないが、言葉の端々(はしばし)から漏れ出る言葉に、『上位管理者』と訣別する強い意志を感じ取れていた。 「ええ、もちろんです。たった今、かつてはわたしの上の存在だった『管理者』を、この塔の屋上へ呼び出しました。向こうもわたしの叛意(はんい)に気づいているようで、それを抑えつけに来たつもりのようです。では屋上へ転移いたしますので、わたしの側へ集まってください」  麗子の周りに四人が集うと、麗子は四人それぞれの顔を見回し、最終確認とばかりに訊ねた。 「ご覚悟は、よろしいですか?」  四人は麗子の促しに、力強く頷いた。  麗子が右手を掲げると、頭上に青白い光の渦が現れる。四人にはタケマルを『破棄』したあの青い渦のようにも見え、それぞれの表情が強張(こわば)った。その変化に気づいた麗子が、四人を安心させるように補足説明する。 「これは塔の屋上へ移動するための門のようなものです。おかしな場所へ転移することはありません。ご心配には及びませんよ」  麗子が指で結印(けついん)のような仕草(しぐさ)を行う。すると四人の視界が青一色に変わったと思ったのも束の間、薄暗いフロアから、白光が差す石造りの床へと移動していた。  床面の広さは六十メートル四方ほどあり、天井はなく、小梅の背丈くらいの石で組まれた外壁が周りを囲っていた。  四人はそれぞれ、塔へ突入してから夕刻を過ぎ、夜間だろうと認識していたが、天球部には夜空や雲、月や星と(おぼ)しきものは一切見えず、(まばゆ)いくらいの白一色だった。 「おいおい、なんだこりゃ?」  塔の屋上への転移と聞いていたので、トメキチは塔からは高天原市が一望できるはずだと思い込んでいた。しかし塔の周囲は地面も空も、どこまでも同じ白一色で地平線はおろか距離感がまったくつかめない。市街の様子、世界の痕跡の一切を窺うことができなかった。  塔を中心にして、ただひたすら、白い虚無が拡がっていただけだった。 「明石さん。屋上といってたけど……ここは塔とはまた別の空間、領域なのかい?」 「いいえ。ここはあなた方の世界です」
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