26.管理者権限

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 ひどく真面目な表情で麗子から告げられた内容は、四人にはすぐに理解が及ばない。だが、時間をおいてじわじわとその意味に気づき、小梅が嘆くように声を漏らした。 「こんな……こんなことって……」  それは小梅だけではなくギンジ、トメキチ、萌子の三人も同様の衝撃に言葉を失った。  これが自分たちの世界だといわれても、そう簡単に受け入れることはできない。頭のどこかでは絵空事だと思い込んでおり、それくらいには現実味がなかった。信じたくないという想いに()られる一方で、目の前に広がる白一色の空間は世界の『抹消』という事象を認識せざる得ない、揺るぎない現実だった。  芯から(こご)えるような、背筋を()い迫るような絶望が浸透し、心身を支配して行く感覚に襲われる。どこまでも広がる虚空と化した世界は、自分たちの護るべきものが失われたこと示しており、彼らの戦意を徐々に、そして着実に奪って行った。  どうにかその痕跡がないかと、周囲をつぶさに探していた萌子が、根を上げるように諦め、ぽつりと呟く。 「これって……こんな風になっちゃって。これからあたしたちが戦う意味なんてあるの? 世界は……世界が失くなっちゃってるのに……」  『上位管理者』との戦いに(おもむ)く決意と、その覚悟を持って訪れた場所が、いとも簡単に自分たちの闘志をここまで打ち砕くとは想像さえしていなかった。萌子の言葉は、図らずとも他の三人の胸の(うち)へ同様に去来した認めたくはない現実を端的に表していた。 「そうだとしても……可能性があるのなら、僕らは新しい未来を創るしかない。その力を得るためにも、僕らは『上位管理者』との戦いに勝たなきゃならない」  ギンジは失われて行く戦意を(ふる)い起こすように語ったが、それも無為に変えてしまう虚空の深淵さに、その意志が(しぼ)んで行く。 「ごめん……僕のいってることは、単なる詭弁(きべん)に過ぎない。この圧倒的な空虚の世界を目の当たりにして……正直いって、どうやって希望を見出せばいいのかわからない……」  すっかり消沈し、憔悴(しょうすい)し切った四人に対し、麗子が(げき)を飛ばすように語気を強めていった。 「こんなことで(しお)れてしまうほど、あなた方の心は弱くはないハズです! わたしが希望を(たく)した『心強きもの』は、どんな苦難でも乗り越えて行けると信じています! 上位の『管理者権限』を得ることができれば、世界はあなた方の思うがままです。その上で世界をやり直し、より()き世界へ導くことも可能なのです!」  麗子の発した言葉に、同じ声で反論する内容の言葉がどこからか聞こえ、響き渡る。 「それが……その(いび)つな思い上がりが、未来を破壊するのです。(ゆが)んだ考え方が、未来を閉ざします。思い()りは耳障(みみざわ)りのいい言葉ですが、いつしか馴れ合いに発展し、その恩恵を受けることが当然となり、思考停止に繋がります。それを無条件に正しいことだと信じてしまう、その慢心は世界を破滅へと進ませます。まったく愚かで、なんの生産性もない、非論理的な感情は、誤った方向へ未来への(かじ)を切らせます。権利だけを主張し、その利益を享受(きょうじゅ)するだけで、己が背負った責務を果たさずにいることは怠慢であり、愚行であり……それは数々の判断を誤らせる要因となるのです」  五人の眼前に突如として激しく輝く白い光が凝集し、それは人の姿を成し始める。光に包まれ、宙空に浮かび上がった人影は、ゆっくりと(おごそ)かに、音を立てず静かに床へとその足を下ろした。  その人影は、純白に(きら)めく光の糸で織られたかのようなローブをその身に(まと)っていた。  神々しい後光(ごこう)(ごと)き輝きを背に(たた)え、塔の屋上へと降臨した存在の姿に、トメキチ、ギンジ、小梅、萌子の四人は驚愕に息を飲む。  なぜなら、その顔立ちや髪色、瞳の色……冷たい印象を抱かせるその表情が、麗子のそれと瓜二つであったからだった。
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