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これ以上光球が近づくとトメキチと小梅まで巻き込みかねない。そう考えた萌子はトメキチが小梅の手を取ったのを確認すると、すぐに立ち上がり、白い光球に向かって前方へステップ移動して少し距離を空けた。迫る『破棄』への恐怖で脚が震える。しかし振り返り、小梅を引き上げているトメキチに向かって精いっぱいの笑みを浮かべていった。
「小梅のこと、頼んだよ、トメキチ」
「なにいってんだモヨコ? お前、なにいってんだ!」
萌子の意図に気づいたギンジがすぐに魔力楯を展開しようと動く。
「ダメだっ、弓削さん! 今、魔力楯を出す!」
ギンジの動きを察した『上位管理者』は、すっと右腕を掲げた瞬間、ギンジの頭上へ白い稲妻状の光束が幾筋も降り注いだ。ギンジは物理防御力をやすやすと貫通する苛烈な威力に耐え切れず、叫び声と共に床へ叩きつけられるように倒れ込む。
「ぐぅああああっ!」
「ギンジッ!」
トメキチはギンジの状態をチラ見して声をかけつつも、小梅の引き上げを急ぐ。床に這いつくばったギンジが呻きと共に声を絞り出した。
「くっ……ダメだ、弓削さん……」
「ギンジくんのこと、好きだったよ。こんなあたしだけど、忘れないでくれるとうれしい……かな」
寂しげにそういうと萌子は前を向き、光球に向かって両腕を広げた。光球と接触すると同時に、その身体は白光に包まれて見えなくなった。
白い閃光が引くように終息したあとには萌子の姿はなく、いくつかの小さな白い光の粒が漂っていただけだった。
トメキチに穴から引き上げられた小梅が、床を這うようにして、萌子の痕跡をつかもうと手を伸ばす。しかしそれも虚しく、その手から洩れ出るように光はかき消えて行った。
「……萌子っ! 萌子! どうしてっ! うううぅっ……」
泣き崩れ、床にしゃがみ込む小梅と、消える覚悟で身体を張った萌子の想いに、麗子は哀しみという感情を抱いていたが、その気持ちは口にせず、振り切るように厳しい声を上げる。
「木之内さん、嘆いているヒマはありません! 剣持くん、あなたも立ち上がってください!」
『上位管理者』は再び左手を床に向けてかざしていた。
「ウメッ、立てるか? またアレが来るかも知れねェ! ここでやられちまったら、身体を張ったモヨコに申しワケが立たねェぜ!」
「ぐすっ。うん……」
「ギンジッ! お前はだいじょうぶかッ?」
ギンジはかなりの物理ダメージを負っていたせいで身体がうまく動かない。しかしそれでも両脚に力を込め、よろよろと立ち上がる。そして冷静さを取り繕うように低く声を返した。
「大丈夫だ。弓削さんの仇を取るためにも、アイツを止めるためにも、僕は『上位管理者』に接近して攻撃する」
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