26.管理者権限

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 愕然と頭を垂れたままのトメキチへ、麗子は声を荒げて叱咤(しった)の言葉を投げつける。 「早乙女くん! 落ち込んでいる場合ではありません! 立ってください!」 「……クソッ! わァッてるよ!」  拳を叩きつけるようにして立ち上がると、トメキチは『上位管理者』に向かって走り出す。 「明石、アイツに近づけりゃ、ぶっ飛ばせるんだろ?」 「その可能性はありますが、二度同じことが通用するとも思えません」 「やって見なきゃわかんねェってことか。ウメッ、俺に速度強化と筋力強化をくれッ」 「ぐすっ……うん、わかった!」  速度強化の効果を得て、トメキチは『上位管理者』へと肉薄した。そしてため込んだ『功力』と、怒りをぶつけるように掌底を繰り出す。『上位管理者』は瞬時に左へと移動し、トメキチの攻撃は空を切った。 「なッ?」  驚くトメキチに向かい『上位管理者』は小バカにするような口調でいった。 「いつまでもバカ正直に攻撃を受け止めると思っていたのですか? どこまでも浅はかな思考には呆れますね」  体勢を崩したトメキチの右側面へ『上位管理者』の発した白い光波が襲いかかる。トメキチはギリギリでしゃがみ込み、なんとか攻撃を(かわ)した。  しゃがみ体勢から立ち上がりの勢いでトメキチは連続して左右の蹴りを放つが、そのどれもが『上位管理者』には当たらず、すり抜けられる。 「クソォッ! ちょろちょろしやがって!」 「フォースフィールドの展開中は空間転移を実行できないハズです! わたしと木之内さんが遠距離攻撃で固めている間に、早乙女くんの近接攻撃を当ててください」  『管理者』はひとつの機能のため、同時に複数の処理は行えない。フォースフィールドの展開中に空間転移はできないが、コマンドを瞬時にスイッチさせることは可能だった。瞬間的にフォースフィールドを張って遠距離攻撃を受け止め、すぐに展開を解除して空間転移を行うことで隙なく『上位管理者』はトメキチの近接攻撃を避けていた。その上で、麗子と小梅の攻撃には抜かりなく目を光らせ、油断すれば容赦のない反撃を放つ。  不意に小梅に向けて白い光球が飛んだ。その光球に向かって麗子が青白い硬気のような光を(まと)わせた右腕を伸ばす。 「明石さんっ!」  白光が弾け散った。  麗子の姿は消えずに残っていたが、右肘から先が失われていた。さらに顔面や右脇腹も抉られたように欠損し、その断面からは青白い光の粒子が血液のように漏れ出している。ときおり青白くチラつくようなノイズが走っていた。 「大丈夫です。機能は十全とはいえませんが、今のところ問題はありません。ですがこのままですとわたしという機能がサスペンドしてしまうでしょう」  小梅は麗子に対して回復術を施すが、効き目があるようには見えなかった。 「わたしは『アカシック・レコード』の機能です。あなた方のHP回復は効果がありません」  このままでは自身が機能を停止し、やがてトメキチと小梅が力尽きてしまう。未来への希望が失われてしまうことを麗子は危惧していた。人間でいうところの『不安』を感じているのだと認識する。同時に自身ができる最大限の助力への答えを導き出していた。  その答えに従い麗子は高速移動で『上位管理者』へと接近する。トメキチでも目で追うことができないほどの速さだった。  『上位管理者』も、麗子がそのような行動に出るとは察知できなかった。『上位管理者』の脇を通り抜け、背後へと回った麗子は左腕と残った右上腕でがっちりとその身を抱え込む。ぎこちなく笑みを浮かべ、麗子は呟いた。 「早乙女くんが『木之内竹丸』へ接近したときの動きを参考にさせていただきました」  締め上げる麗子の圧力に対してフォースフィールドを展開しているため『上位管理者』は転移できず、その場に留まらざるを得ない。しかし、フォースフィールドとの干渉で麗子の身体のあちこちが削れ、細かな青白い光が散り飛んで行った。 「離しなさい」 「離しません」  突然の麗子の行動に虚を突かれ、茫然と見つめていたトメキチと小梅に、麗子が叫ぶように声をかけた。 「木之内さん! あなたに委譲した『破棄』の力を早乙女くんの拳へ付与してください。そのあと早乙女くんは、その拳にありったけの『想い』を込めて打ち込んでください。これが恐らく、最後のチャンスです!」 「ちょ、待てよ、明石、お前はどうなるんだ?」 「わたしのことはご心配には及びません。ただの機能ですから」 「そんな……そんなことできるワケないよ……」 「ください! このままだとわたしも間もなく消え失せてしまいます。チャンスは今しかありません!」  麗子が叫ぶと、小梅の『破棄』コマンドウィンドウが開かれ、目標設定や対象位置が自動実行されて行く。すべての設定が完了すると、トメキチの右拳に青白く光る渦が現れ始めた。 「えッ……ウメッ? これって?」  トメキチの問いかけに、小梅はただふるふると首を横に振る。なぜか勝ち誇ったような高揚した声色で、麗子が説明した。 「この現実世界は、虚構の世界と完全に同化しています。キーワードフラグによるイベントが起動したのです。さあ、早乙女くん! あとはあなたの決断次第です!」  トメキチは諦めたように嘆息すると、前を向き、拳を強く握りしめる。消えてしまったものへの想いを込めると、右拳に宿った渦が一際(ひときわ)激しく、大きな閃光を放った。 「これで、いいんだな。明石、すまねェッ!」  麗子は薄く微笑み、小さく頷いた。  トメキチは床を蹴り出し、猛スピードで駆けて行く。哀しみを紛れさせる雄叫びと共に右拳を繰り出した。 「こなクソォおおおおォォッ!」  拳は狙いを違わず『上位管理者』の腹部へと命中する。この間にトメキチはギンジ、萌子の顔を想い浮かべていた。続いてタケマル、莉花、龍彦の顔、父豪太の顔、皆方やその仲間たち、富川警部やギンジの父などの警察官たち、十河や神社本庁の人々、高校の学友、オオジマデンキや彩葉茶屋(いろはちゃや)の店員、そして『メイジニアス』で出会った顔も知らないフレンドたち……様々な関わりのあった人たちと、関わりのない大勢の人々が存在していたというかすかな『別の記憶』が次々と脳裡をかすめて行く。それに伴い拳に宿った渦は拡大して行き『上位管理者』と、そして麗子を飲み込んで行った。  青白い光の奔流が渦へと流れ込み、猛烈な旋風が吹き荒れる。トメキチも、小梅も、その眩い蒼光と風圧で目を開けていられず、目をつむった。  やがて風が弱まり、目を開くと青白い光の渦は勢いを弱め、徐々に消えて行く。  そこには『上位管理者』の姿も、麗子の姿もなかった。
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