面影と記憶

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面影と記憶

 祭囃子が聞こえる。  ワイワイと騒がしい町に嫌気が差す。 (また、今年も変われなかった…)    三年前。  不思議な少年と生まれて初めて祭りに行った。  お面を着けて、自分を隠して騒がしい町を駆け巡る。  毎年開かれる大きな祭り。  町中に屋台が出る。その屋台の先にあるのは大きな神社。  その神社を目掛けて走る。  ハッ、ハッ、ハッ。徐々に上がっていく息に興奮する。  止まっちゃいけない。そう心から思う。  白い狐のお面を着けた彼に招かれて、私は神社の奥にある小さな祠の前にたどり着いた。  上がった息と心は急に立ち止まることを拒んだ。  その結果、転けるように私は座り込むことになった。  黒い狐面をつけた少年はなんとも無いようで私を見下ろす。  私の息が落ち着いた頃、彼は話だした。  それも手話で。 「4年後、この白いお面をつけて一人でここに来て。  必ず変わってきてね、待ってるから」  私はたどたどと彼の言葉を辿って読み解く。 「えっ。変わるって何を…」  そう言う私を他所に彼は消えていった。  私が手話わかるのなんで知ってるんだろう?  そう疑問が湧いた頃には私は家に帰り着いていた。  私の兄は耳が聞こえない。  その兄のために昔頑張って手話を覚えていた。  今はもう使うことがなくなったけど…。  使うことがなくなったのは三年前くらいから。  だからもう私が手話を使えることを知っている人はいないのだ。  彼はなぜ知っていたのだろう。  それに彼はやけに“一人で“を強調した。“変わって“も。  不登校の私には“変わる“と言う言葉に思い当たる節が多くあった。  学校に行くことや友達を作る事、埃をかぶってしまった制服に袖を通す事。考えれば考えるほど出てくる。 (私は何を変えればいいんだろう)  その日から四年間、私は変わることができなかった。  それに彼に会うことも。  一年目も二年目も変わろうと努力した。  ただ、考えるだけで体が動かない。  三年目の私が中三の年、私は学校に行った。  受験のために。  不登校の私には行ける学校が少ない。  三年目は勉強に専念した。  学校に行ったのはその日一日だけ。  通信制の学校に通おうか悩んだが、両親に言えなくて普通の高校に行くことにした。  四年目。私は高校に入っても相変わらず不登校のままだ。  入学式の日だけ出席してから学校に行っていない。  制服は新品の匂いがする。  入学式から四ヶ月経ったある日。  私は祭りに出かけた。  何も変われていないけど、行くことだけはしよう。  そう考えたのだ。 (何も変われなかったな)  そう後悔する。後悔したってもう遅いのに。  昔からそうだった。兄が死んだ時も。   私が小学六年生の時。兄は中学三年生だった。  耳が聞こえないことも感じさせないくらい明るい兄。  友達も多くいた。私とは正反対だ。  毎日楽しそうで、そんな兄はわたしの誇りだった。  ただ兄は交通事故で死んだ。  私が学校で男子たちから兄について罵倒された日。 「気持ち悪い」とか「耳が聞こえないなんておかしい」  そう罵った。  その時の私は恥ずかしくて仕方がない。  兄は普通じゃないのだと。そう言われたから。  家に帰り着いた私は兄に向かってこう言う。 「お兄ちゃんのせいでみんなに馬鹿にされたんだよ?  お兄ちゃんが普通じゃないから。  私はもっと普通のお兄ちゃんがよかった」  兄には聞こえなかったはずだった。  そして兄はどこかへ出かける。  その後兄が帰ってくることはなかった。  私と距離を取るために出て行った兄はボールを追いかけ、轢かれかけた少年を突き飛ばして守り、死んだ。  突然だった。  兄に行った最後の言葉があんな言葉だったことも辛かったが、何より私のせいで死んでしまったようなものだったから謝りたくて仕方がない。  遺品整理の時、兄のつけていたはずの補聴器を見つけた。  事故当日、兄は補聴器をつけていなかったのだ。  そこで見つけたのは兄の日記だった。  兄の日記には友達に手伝ってもらって耳が聞こえるようにリハビリをしていたことが綴られている。  最後の日。事故の前日の日記には音少し聞こえるようになった。  そう書いてある。  兄はあの日私の声をきちんと聞くために補聴器を外していてくれたのだ。  普通になるために努力をしていた。  なのに私は傷つけて、謝れずにもう兄とさよならをしたのだ。  そのことが頭から離れなかった。  それから少しづつ私は塞ぎ込むようになったのだ。  兄に申し訳なくて、外に出ないようにした。  祭りに行った日。  ベランダから外を見たあの日、私が外に出たのは少年が昔の兄に見えたからだ。  昔、兄といつか祭りに行ってみたいと話していた。  だからだろうか。私は珍しく外に出た。  少年は玄関のところにいて私に白い狐のお面を渡して走り出したのだ。    少年の後ろ姿は昔の兄にそっくりで私は昔に戻ったみたいで楽しかった。  彼に会うために私は走り出す。  四年前のように心が叫び出した。 「走れ」  そう心は体に指示をする。  少し伸びた身長のおかげですぐに祠に着いた。  祠には少年がいる。  白い狐のお面をつけて彼に手話で話しかけた。  四年前のように声に出さずに辿々しく手話を使って 「お兄ちゃん、ごめんね」  そう伝える。  狐の少年はお面をはずして私に伝えた。 「変わったね…約束を守ってくれてありがとう。  僕も大好き」  彼はそう言って消える。  伝わっていてよかった。  そう私は思う。  そして声と手話で言った。 「私もずっと大好きだよ」
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