Love mode

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「由貴♡」 「ぎゃー、止めろって」 ここ1ヶ月、親友の岸野葵の様子がおかしい。 もともと甘えん坊なところがあったが、 人前でもやたらと抱きついてくるし、 何かするにもどこに行くにも 常に申告しないとすぐにすねるし、 俺を呼ぶ時も、語尾に必ず♡がつくし。 そもそも名前呼び捨てだし。 LINEの文面も電話の口調も、 まるで恋人のそれみたいで。 はっきり言って、勘違いしてしまう。 俺のこと、そういう目で見てるのかって。 俺は悩みに悩んで、 岸野の共通の友人である佐橋雄大に 訊いてみることにした。 「俺に対する最近の岸野の言動について、 お前はどう思う?」 俺としてはかなり真面目に訊いたつもり。 それなのに佐橋の奴は、 「川瀬由貴、突然どうした」 と笑い出し、全く話にならない。 「答えろよ、笑ってないで」 そう言って佐橋を小突いたが、 佐橋は身を翻して、席を立った。 「それは、岸野に聞くしかないじゃん?」 講義に出る時間だからじゃあねと言われ、 俺はひとりになった。 友人にはぐらかされ、岸野に翻弄され、 これからどうしたらいいのか。 とりあえず午後の講義で、 岸野と顔を合わせることはわかっていた。 周りも唖然とする、岸野の言動は。 こんなきっかけで、始まった。 「川瀬くん。私と付き合ってください」 1ヶ月前。 同じゼミの女の子に、俺は告白された。 中学から男子校で女の子に免疫のない俺は、 突然のことに対応できず、 高校まで共学だった岸野に助けを求めた。 「しょうがないなあ。自分のことは自分で しなきゃダメだよ」 そう言いながらも、岸野はその女の子を うまくあしらってくれた。 「ありがとう。助かった」 「いえいえ、どういたしまして」 その時まで、岸野は本当に普通の態度で 俺に接してくれていたが。 俺がポロッと本音を漏らしたその瞬間から、 岸野の態度が一変したのだ。 「正直言って、女の子はいいや」 今は、と言うのを忘れたと思ったが、 もう遅かった。 岸野の表情は途端にぱあっと明るくなり、 明らかに嬉しそうだった。 「そうだったんだあ!」 えっ、と怯むくらいの岸野の豹変ぶりに、 俺は戸惑った。 それ以来、岸野の俺に対する全ての言動が、 アプローチとしか思えないものに なっていったのだ。 「由貴♡」 「おい、止めろって」 午後の教室。 会って早々、岸野に抱きつかれた俺は、 周りが凍りついている状況に耐えられず、 岸野を剥がしにかかった。 「昨日ぶりだね、由貴♡」 「だから、離れろって」 背中に回る岸野の腕を振り払い、 乱れた髪を撫でつけた俺は、 熱い視線を送る岸野を隣に座らせた。 「ホント、お前どうしちゃったの」 周りに聞こえないようにそう囁くと、 岸野は不思議そうな顔をして、 「何が」 と言った。 「俺をハメようとしてないか?」 「いったい、何のこと?」 「だから、その、何だ。佐橋とさ」 「佐橋くんが、どうかしたの?」 ダメだ。 核心に迫ろうとすると、場所が限られる。 「何でもない」 「由貴こそ、どうしちゃったの」 「だから、何でその呼び方」 名前を呼び捨てするなんて、 まるで恋人みたいだと言いかけたが、 講義が始まるチャイムが鳴ったので、 言えなくなった。 これは絶対に、確かめないと。 俺は小さく息を吐き、呼吸を整えた。 講義が終わり、教材を片付ける岸野に、 俺はあのさあ、と声をかけた。 「何?」 「今日この後、時間ある?」 「うん。バイトもないし、暇だよ」 「じゃあ、俺ん家で話そう」 「由貴んちで?」 「だからっ、その呼び方は」 俺たちのやり取りを聞いて 近くに座る女の子たちが笑った。 「行こう」 手早くリュックに荷物を入れた俺は、 同じく荷物をまとめた岸野の手首を掴んで 教室を出た。 「やったー♪由貴んちに行ける♡」 岸野の手首を離すタイミングを失い、 廊下を足早に歩いていた俺は、 後ろで岸野がめちゃめちゃ嬉しそうに しているのを目の当たりにして、 溜息をついた。 「そんなに嬉しいのか?」 「もちろん♡由貴に誘われた♡」 「あっそ」 テレくさくてわざとそっけなく返事をした。 ホントに、本気なのか? 頬が熱い。 岸野の反応にその気になりかけている そんな自分に、戸惑っていた。 30分後。 ひとり暮らしの自宅に、岸野を押し込めた。 「由貴♡」 部屋に入ってまた岸野に抱きつかれたが、 今度は岸野にされるがままにした。 「岸野。ちゃんと聞いて」 「いいよ?話して」 「お前って、その。俺のこと、好きなの」 テレながら岸野にそう囁いたら、 岸野は苦笑いした。 「当たり前じゃん」 「そ、そうか‥‥」 「由貴は?僕のこと、好き?」 「それは」 言い淀んだ俺に、 岸野は俺を見つめ、次の言葉を待っている。 かわいすぎる。 今更ながら、そう思った。 「頭が、ついていかない」 「どういうこと?」 「俺たちは男同士だし。いいのかなって」 やっとそれだけ言うと、 俺は俯き、少し俺より背の低い岸野の髪に 顔を埋めた。 もう自分の気持ちには、気づいていた。 俺も、岸野が好きだって。 でも。 どうやってそれを、伝えればいい? 「由貴♡」 今までよりも強く抱きしめられて、 目が眩んだ。 「僕は、由貴が大好き♡」 「岸野‥‥」 「まだ、葛藤してる?」 「ああ‥‥申し訳ない」 顔を上げられないまま呟いた俺に、 岸野はしばらく俺の頭を撫でながら 黙っていたが、 僕だってね、と言葉を紡ぎ始めた。 「初めて会った時から由貴のことが 大好きだったけど、 由貴に迷惑をかけたくないって思って、 気持ちに蓋をして、親友やってました。 だけど、1ヶ月前に由貴が告白されて、 あしらうつもりで女の子と話してたら、 由貴の魅力をすごく語られちゃって。 ああ、これはもしかしてこれからも こんなことが何度もあるかも知れない、 その時に僕は黙っていられるかなって 思った。それに由貴が言ったでしょ? 女の子はいいって」 「あ、それなんだけど」 思わず顔を上げたが、 岸野と目が合って言葉に詰まってしまった。 「え?」 「いや、まあはい。確かに言いました」 「あれはもう僕の中で、突破口というか。 由貴に対して素直になってもいいのかって 初めて思えたんだ」 それは明らかな誤解だったが、 岸野が救われたのならと黙っていた。 「由貴が僕と付き合ってもいいって 思えるまで、僕は諦めないからね」 「うん」 突き抜けられなくてごめんと心から思った。 でもその代わり、 他の人には絶対になびかないからさ。 「由貴、提案なんだけど」 「ん?」 「僕のこと、葵って呼べる?」 「えっ」 「試しに、呼んでみて」 「今?」 「今」 こんなに密着した状態、 どんな顔して岸野のことを呼べばいい? 俺は岸野を見つめながら、息を吐いた。 「‥‥葵」 「もう1回」 「もう1回?!」 「早く」 「葵」 「ちゃんと僕を見て」 「葵っ」 「もっと優しく」 「葵」 「ふふ。ちょっとは、慣れた?」 「慣れない」 また俯いた僕に、岸野が囁く。 「じゃあ、キスしてみよっか♡」 「はあ?!」 驚いて顔を上げた俺の首筋に するっと腕を回した岸野は、 いたずらっぽく笑いながら、 「やっぱり待てない」 と言った。 「由貴、僕と付き合って」 「あ、おいっ、待て」 有無を言わせず、岸野が俺にキスを迫る。 唇が触れ合うまで、あと数センチ。 「由貴、覚悟を決めて。本当は僕のこと、 好きなんでしょ‥‥?」 岸野のストレートな言葉に、俺は頷いた。 「‥‥はい」 今まで親友だと思っていた奴と、 晴れて恋人同士になった。 まだ戸惑いと不安が付き纏っているが、 きっと彼となら大丈夫。 今日は昨日よりも、好きになっている。 ラブモードまで、あと少し。かな。
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