ライバルズ

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キラキラ輝いているもの、って聞いたら何を思い浮かべるだろうか。 太陽が反射する海面や、子供達の笑顔。思い描くのは人それぞれだと思うけれど。 僕が一番最初に思い浮かぶのは、クラスメイトの新川の顔だ。よく笑って、よく喋って。いつもクラスの中心にいて、誰からも好かれる、新川雄二だ。 僕の中では、彼ほどキラキラ輝いている人はいないと思う。だから僕はいつも新川を観てしまうんだ。 それは憧れでもあり、恋愛対象でもあり……。つまり、僕は新川が好きなのだ。かれこれもう二年間、想い続けている。でも新川にとっては、俺は単なる友達……いや、親友に近い。それだけに告白などもってのほか。僕はこのまま親友としてでもいいから、横にいるんだと、覚悟を決めていた。 ああそれなのに。僕は気付いてしまったのだ。 「新川あ、この参考書、貸してくれてありがとうな。分かりやすかった」 俺の前の、新川の席に近寄って来たのは、クラスメイトの藤木だ。参考書を新川に渡すと、ニッコリと新川が藤木に笑顔を見せた。 「藤木の役に立てたならよかった」 その天使の微笑みを、惜しげも無く、藤木に見せる新川。それだけでもモヤモヤするというのに…… 「ま、また貸してな」 笑顔を向けられた藤木の顔が、だらしなく崩れる。それを見て僕はムカっとする。 僕が気がついたのは、藤木が新川に惚れてるってことだ。初めは気のせいかと思ってたんだけれど、何度かそんな場面に遭遇して、気のせいではないと確信した。新川と話した後に藤木が一人、ニヤついてたり、ガッツポーズしていたり。これは危険だと、僕のアンテナが受信した。それ以降、僕は新川を追いつつも、藤木も追いかけるようになった。 今日は僕の好きな漫画の発売日。放課後、近所の書店に行き、棚にある新刊を手に取った。早速レジに行こうとしたとき、前方にうちの制服を着ているやつを見つけた。手元には、僕と同じ漫画を持っている。この漫画、マニアックだから、置いてある冊数は少なくて、新刊は僕が手に取ったのが最後だった。僕は前のやつが誰だろうと、そっと顔を見て後悔する。藤木じゃん…… 藤木もまた視線に気づいたのだろう、僕と目が合うと何と一瞬、睨んできた。 な、何で睨まれなきゃ何ないんだよ! 目を逸らして藤木は先にその漫画をレジに持っていく。その背中に僕はあっかんべーをした。 新川は頭も賢いし、スポーツも出来る。今日はバスケの組対決なんだけど、さっきもシュートを決めて、大歓声が沸いた。女子の黄色い声に、男子の羨望の眼差し。本当に理想だ!僕は試合中ということを忘れて、立ち尽くしてたら、後ろから人がぶつかってきた。 「イテッ!」 「試合中にボケっとすんなよ、アホが!」 ぶつかってきたのは、藤木だ。手にボールがある。どうやら近くにボールが来ていたことに、僕は気がつかなかったようだ。 そ、それにしても『アホ』って…あんまりじゃないか!僕は腹が立って、対戦相手じゃなく藤木を追いかけた。試合後に、クラスメイトに怒られたのは言うまでもない。 「田谷と藤木仲悪いよなー。何で?」 体育館から教室に戻る間、クラスメイトの稲森に笑われながらそう言われた。僕がちょっかい出してるんじゃなくて、アイツから仕掛けてくるんだと言うとさらに笑う。 「でもさ、二人よく似てるよね」 「は?全然違うだろ。アイツ背が高いし、顔だって」 「外見じゃなくてさ。お前の好きなバンド…『キミダカ』だっけ?マニアックなバンド」 「マニアック言うな」 「前さ、藤木がヘッドフォンつけてたから何聴いてるか聞いたら『キミダカ』だっていうからさ。前も好きな漫画をお互いに買ってたとか言ってなかった?」 僕の好きなバンドはまだまだ知名度が低く、誰に聞いても知らないって言われるくらい。なのに藤木が聞いてるなんて。 「…へぇ」 メンバーの誰が好きなんだろ。曲の話したら盛り上がるだろうな。ライブ行ったことあるのかな。 …いやいや、漫画やアーティストの好みが似てるくらいで騙されないぞ! でもふと思ったのは、同じ人を好きになるくらいだから、もしかしたら仲良くなれるのかもしれない、ということ。だけどそれは極端すぎる。 僕が頭をブンブン振っていると、稲森は不思議そうに見ていた。 それからの日々も相変わらず。新川を見て幸せな気持ちになって、新川を見ながらニヤニヤしてる藤木を見てイラっとして。そんな日が続いたある日。 放課後の教室で、たまたま見てしまった。新川と藤木が二人きりでいるところを。ノートを広げて二人向かい合わせで勉強しているようだ。新川が何かを教えているのか。夕日のオレンジの光が入り込む教室で、二人は話をしている。 廊下からその様子を見て、教室に入ってやろうとしたけど手を止めた。新川がノートを書いているその姿を、藤木がずっと見つめている。それは今までに見たことがないくらい、真剣な眼差しだ。 それを見て、僕は教室に入るのをやめた。藤木は僕が思っているより、もっと新川が好きなのかもしれない。グッと拳を握り、僕はその場から走って逃げた。 きっと僕の方が長い間、新川が好きなはずなんだ。藤木は今年、新川と同じクラスになったけど、俺は二年前からだし。アイツは多分、同じクラスになってから好きになったはずだ。 でも、もしかしたら好きの深さは藤木のほうが深いのかもしれない。あんな一途な眼差しを送るくらい、僕は新川を好きなんだろうか。 違う、違う!僕だって、新川が大好きなんだ! 誰に言い訳しているのか、訳がわからなくなってくる。僕は何がしたいのだろうか。 「朝からビックニュース!」 稲森と矢沢がホームルーム前に僕の席に集合してくる。勢いよくきたものだから、僕は思わず怯んだ。 「な、なんだよ…」 「我らの新川くんに彼女が出来たらしいよ!」 「はあ?」 俺は思わず飲んでいたパックのオレンジジュースを口から落としてしまった。 新川に彼女ができたニュースは瞬く間に広がり、昼には本人に突撃インタビューをする奴が続出した。 「なー!新川、マジで彼女できたん?」 数人のクラスメイトに囲まれた新川。その言葉に僕は耳がダンボになっていた。少しだけ間があって、顔を赤らめた新川は小さく頷く。それを見てクラスメイトが一気に歓声を上げた。 「やったな!」 「何きっかけ?いいなー、教えろよ!」 クラスメイトに茶化されながら新川は苦笑いしている。僕はそんな新川を見ながら胸がズキズキしていたけど、同時に何故か安堵していた。 ああもうこれで叶わない恋におさらばできるんだ、なんて。そりゃ二年間見続けたんだから、寂しくないわけがない。でもそれ以上に、ホッとしたのはどこかでもう想いを断ち切らないといけないって心の底で思っていたからだろう。もう少し時間はかかるけど、これで僕は親友に戻れるのだ。 その時、ふと思い出した。……藤木は? 教室を見渡すと、藤木は新川を囲むクラスメイトから離れたところで席に座っている。まるで、興味ないって言うような感じで…いや、違う。ワザと平常心を保っているんだ。頬杖をついたその顔が、少し白い。……あいつ大丈夫かな。 そう思っていたら、昼から藤木は早退してしまった。 「田谷!」 放課後、帰ろうと下駄箱で靴を履き替えていたら、背後から新川に呼び止められた。走ってきたのかハアハアと息が荒い。 「どしたの?」 「彼女できたの、言ってなくてごめん!」 目の前で手を合わす新川。僕は訳が分からなくてキョトンとしていると、おずおずと話し出した。 「田谷に先に報告しようとしたんだけど、まさかあんな公表されるなんて…」 「な、なんで僕に先に」 「だって親友だろ」 照れた顔で新川がそう言う。僕は体の力が抜けて思わず笑ってしまった。 ああ、よかったんだ、二年間の恋を打ち上げなくて。 「ばーか。それよりさ、彼女今度紹介してよ。僕の大切な親友を奪ったんだから」 それを聞いて新川も笑う。 「奪ったってなんだよ」 多分、彼女と一緒にいるとこを見るのは辛いかもしれないけど、新川が親友と言ってくれるなら、僕は大丈夫だ。 「そういえば藤木、大丈夫かなあ」 ふいに新川がそう言う。早退したのを気にしているのだろう。本人は体調不良で早退、と言ってたみたいだけど、本当は新川のことがショックで帰ったんじゃないかと僕は思っていた。 「明日のテスト、頑張りたいって言ってたんだよ。何かは知らないけど願掛けてたみたいでね。苦手な英語八十点取れたらしたいことがあるって。だから、放課後に、勉強付き合ってたんだけど」 僕はそれを聞いて、ハッとした。もしかしたら、藤木は点数が取れたら、新川に告白しようとしてたんじゃないだろうか。だからあんなに白い顔になって、帰ってしまったんじゃないだろうか。 放課後の教室で見た、藤木の真剣な眼差しを思い出して僕は胸がキュッとなる。いや、何で僕がそんなに切なく感じないといけないのか意味がわからないけど…ただ思ったのは、今あいつの気持ちが分かるのは僕しかいないはずだと。 「なあ、新川。藤木の家知ってる?」 いやホント、自分でも馬鹿だと思うけど。 目の前に出された麦茶の氷がカランと音を鳴らす。その向こうにいるのは不機嫌そうな顔をした藤木だ。 「で、用事ってなに」 藤木の玄関のチャイムを勢いよく押したものの、何を言えばいいかパニックになっている間に、玄関から藤木本人が出てきた。僕の顔を見て、かなり驚いていたけど、突っ立って何も言えない僕にとりあえず中に入れ、と入れてくれた。ご丁寧に麦茶まで入れてくれて。 「…よ、用事は特にないんだけど、体調大丈夫かなって」 「何だそりゃ」 ますます不機嫌な声で藤木がこっちを見る。 「横になりたいから、用事ないなら帰ってくれよ」 その言葉に僕はカチンときた。 「な、なんだよ!心配してやってんだろ!」 「は?何で俺がお前に心配してもらわないといけないんだよ」 僕は拳を握って、バン!とテーブルを叩いた。 「だってお前、顔真っ白だったから!新川の話聞いてた時に!」 勢いで出てしまって、僕は思わず自分の口を手で塞いだ。そんな僕の顔を藤木は、厳しい目で睨んできた。 「…何が言いたいんだ」 ああもうこうなったら、全部言ってしまえ! 「お、お前新川が好きなんだろ?だからあいつに彼女出来たって聞いてショックなんだろ!」 「は…」 「お前が新川のこと、見てたの、知ってんだからな!デレデレしたり、ガッツポーズしたり!僕だって新川のこと見てたんだからな!」 言い切って、目の前の麦茶を一気に飲んだ。藤木の顔が見れなくて、僕は目を逸らした。 しばらくの沈黙。藤木も僕も、言葉を発しない。外の蝉の鳴き声だけが響いていた。 やがて、藤木はため息をついた。 「…俺も分かってたよ、お前が新川好きなの」 「へっ」 藤木の声に僕は鼓動が速くなる。バレてたの? 「俺だって、新川を見ていたからな。お前いつも隣で嬉しそうにしてたもんなぁ」 恐る恐る藤木の顔を見ると、少し口元を緩めて笑っていた。藤木も僕のことを分かっていたなんて。何だよ、そりゃ。 「俺よりつらいよな、お前。近いもん」 「そ、そんなこと…お前こそ明日のテスト、よかったら告白しようとしてたんじゃないの?」 「あー、それは…半分くらい当たり」 照れたような、寂しいような笑いを藤木は見せた。よく聞いたら告白もだけど、本気で英語がやばかったらしく、追試になる前に、と頑張っていたらしい。 僕らは同時にため息をついた。 「まあ、あれだな、失恋したもの同士」 「そうだね」 ククッと藤木が笑うので僕も笑った。失恋したというのにこんなにおかしいなんて。だんだんおかしくなってきて、挙げ句の果てには腹を抱えて笑う。 「あー、可笑しい。そういえば藤木、あの漫画読んだ?新刊買ってただろ」 「読んだ!まさかラスボスが手下になるなんてな!」 漫画の話に食いつく藤木。僕も嬉しくなって当分その漫画の話で盛り上がる。 「あとさあ、田谷、『キミダカ』好きなんだろ。先月のライブ行った?俺、行ったぜ」 「うわマジ?僕、行けなくてさあ!どんな感じだった?」 僕が『キミダカ』が好きなことを新川から聞いていたらしく、以前から話したかったんだと藤木が笑う。ああなんだよやっぱり僕ら、気が合うんじゃないか! それから僕らは今までのバトルがまるで嘘のように盛り上がり、笑い合った。 「新川のさあ、笑顔大好きだったんだよね」 「ああ、分かる。あいつ、キラキラしてるもんな」 「そう!キラッキラ!やっぱ藤木よく分かってんなあ!」 「お前こそ。さすが二年見てきただけのことはあるな」 笑いながら新川の好きなところを言い合う僕ら。きっと新川は今頃、彼女の前でくしゃみをしているだろう。 そんなこんなですっかり友達になった僕と藤木。こんなこともあるんだなぁ。 だけど友達からさらに深い関係になってしまうことになるなんて、この時の僕らは分からなかった。 それはまた、次の機会に。 【了】
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