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用意を進めていくと
「テーブルと椅子がいるわね」
「調理器具と食器も」
さて、無事に片付けと掃除を終え、厨房も使えるようになったので次は内装だ。どこぞかで調達してこないといけない。
またしても三人で銀枝亭のカウンターに並んでいる。何かを相談するときはこのスタイルが多い。
「またケニールの町に行くのかしら」
「基本はそうだね。調理器具は親父が保管してる」
ケリー夫妻が亡くなった後、フィンが一人で片付けをしているときに、アダムス金物店で納品した品で無事だったものは引き上げておいたらしい。
「また使うことになったら、たぶん親父は喜ぶから後で取りに行こう」
「あの、テーブルと椅子なんだけど。あ、ですけど」
「無理に丁寧にしゃべらなくていいよ」
フィンに言われてカイはしどろもどろになっている。
「すんません。テーブルと椅子なら、前に僕が手伝いをしてた木材加工所で手に入ると思います。タダでは無理だけど、ヤスリがけとか、木材を運んだりとか、手伝いをすれば安くしてくれると思う」
どうでしょう? とカイが不安そうに言う。
「ちょっとフィン? この子なかなか優秀だわ?」
「そうだね。他にもあちこちで手伝いをしてたっていうし、俺より顔が広そうだ」
「生きる知恵があるのよね」
思わずフィンとひそひそ話してしまった。カイは照れたような顔でお茶をなめている。
「それじゃあ、木材加工所に行ってみましょうか」
「はい!」
カイがニコニコとコップを片付ける。手際がいい。そして気が利く。
まだ気を遣っているのか、それとも根が真面目なのかはわからないけど、この子を大事にしないといけないなと、なんとなく思う。勝手な親心だ。
準備をして店を出ようとしたところで誰かとぶつかりそうになる。
「あ、すまん」
「兄貴」
そこにいたのはフィンの兄、ライアンだった。私とカイはアダムス家で食事をいただくとき、たまに顔を合わせる。
「おまえらの様子を見てこいって親父が」
「ちょうどいい。荷物を運ぶのを手伝え」
フィンがニヤリと笑って、ライアンは、
「おまえは兄をなんだと思っているんだ?」
と、苦笑しながらも、しょうがないからと付き合ってくれることになった。
今までほとんどしゃべったこともなかったけど、ライアンはいいお兄ちゃんみたいだ。
お世話になりますと頭を下げると、ジェシカの親戚ならジェシカ同様、妹みたいなものだからと言ってくれた。
ここにきてから、誰かの世話になってばかりで申し訳ない反面、守ってくれる人がいることが心地いい。だから余計に、カイを見ていると守ってあげないといけないと思う。
それから四人でケニールの町の木材加工所へ向かう。
外はいい天気で、のどかな日差しがふりそそぐ。銀枝亭から町に向かう下り坂の両脇では気がざわざわと揺れていて、その間を精霊たちが飛び回っているのが見えた。
「木材加工所は町の東側です。商店区域の外れだよ」
カイが先を歩きつつ、教えてくれる。この数日で、私がこの国、この町についてなーんにも知らない事を、カイはしっかり把握していた。
「町中で、施設ごとに区分けがされているのね」
「うん。遠くに見える山の手前、南側に見えにくいけど大きな湖があります。そのさらに南にお城が見えるよね。お城の前が商店区域。そこと姐さんのお店の間が住宅街。もうちょっと歩いたら着くよ」
カイの言うとおり、坂の下には住宅らしい戸建てが並んでいる。屋根が平らで、屋上にはたくさんの洗濯物がはためいている。雨や雪が少ないのかな、なんて思いながら歩いて行く。
「町の東側が農業区域。農業をやってる家が東側にずらっと並んでいて、その向こうに畑が広がってるでしょ。農業区域と商店区域の間に湖から引いている川が流れててね、だから木材加工所は商店区域の東にあるんです」
木材の運搬や、水車を使った大がかりな加工を行うために川沿いにある、ということらしい。
「カイはもの知りねえ」
「きみがもの知らずなんだ」
カイは照れたように笑い、フィンは呆れている。
「新入りなの。一から十まで教えてちょうだい」
「この子、前から思ってたけど図太いなあ」
ライアンが半笑いで言った。だって、知らないものは知らないから、聞かないとどうしようもない。
そうやって歩いているうちに、目的の木材加工所へとやってきた。
「こんにちはー。おやっさーん」
カイが木材加工所の中へと声をかける。
加工所は倉庫みたいなだだっ広い空間で、あちこちに木材や家具が積まれている。家具は作りかけだったり、完成していたりといろいろだ。机や椅子はもちろん、タンスやクローゼットのような収納家具もたくさんあった。
「おう、カイ。久しいな。野垂れ死んだのかと思ったぜ」
積まれた木材の山から、体格のいいおじさんが出てきた。フィンとライアンの父親であるエドワードさんと同じか、少し若いくらいに見える。
「拾われてたんだよ、おやっさん。僕を拾ってくれた姐さんと、机と椅子を買いにきたんだ」
「なんだって?」
ざっくりしたカイの説明に、おやっさんと呼ばれたおじさんは目を白黒させる。
「意味がわからん。ちょっと待ってろ。すまんね、お客さん方。指示出しだけしちまうから、その辺で待っててくれ。なにか欲しいものがあるなら、カイが場所を知ってるから見繕っててくれな」
おやっさんは、てきぱきとそう言って木材の山に戻って行った。どうやら、その奥に外へ出る扉があるらしい。天井に近い方で風と光の精霊が飛び回っているのが見える。よく見たら足下で土の精霊と水の精霊が跳ねていた。
「姐さん、机と椅子だよね。どんなのがいいか、あっちにあるから見ておこう」
カイに連れられて、家具が並ぶ一角へと移動した。
「すごいね。こんなにたくさん」
「そうでしょう、そうなんですよ」
とたんにカイが自慢げに説明を始める。
「おやっさんの加工所ではね、このケニールの町はもちろん、レギスタ国内で使われる家具の大部分の作成を請け負っているんです。使い道や、好みに合わせて、どんなものでも! それが木で作れるならなんでも作る。それがレギスタ王国ケニールのウディ木材加工所!姐さんの好みの机と椅子も、きっとあるからね!」
「すごいね」
なにがって、カイの口上がね。きっとカイはここの仕事が好きなんだろう。おやっさんのことも。
「す、すみません。つい、手伝いのときのクセで」
「いいんじゃない」
フィンが笑顔で言った。
「それだけ自信を持って勧めてもらえるなら、買いにきて良かったと思える」
「うちだってそんな感じだしな」
隣でライアンがうんうんと頷いている。
加工するものの違いはあれど、同じ職人として思うところがあるのかもしれない。
「私も頑張ろう」
料理人だと、胸を張れるように。
まずは机と椅子だ。カイに説明してもらいながら、机と椅子を選ぶことにした。
十分ほどで、おやっさんがやってきた。
「待たせたな。アダムスんとこの坊主じゃねえか」
「お世話になってます」
「どうも」
ライアンは礼儀正しく、フィンは軽く頭を下げた。
「なんでえ。エドワードのやつ、なにを壊したんだ」
「俺らは荷物持ちですよ。買い物に来たのはこの子」
「よろしくお願いします」
話を振られたので頭を下げる。おやっさんは私の顔を見て目を丸くしたけど、なにか言われる前にフィンが事情を説明した。
「はあ、なるほど? ケリーさんの手伝いにねえ。しかしジェシカちゃんそっくりだ。そのアリスお嬢ちゃんがカイを拾ったと。そんで? ケリーさんとこの店を再開するために机と椅子を買いにきたんだな?」
なるほどね、とおやっさんは頷いた。
「そうそう。姐さん、この人、ウディ木材加工所のジョージ・ウディ親方」
紹介にされて、もう一度頭を下げる。おやっさんは、はいよと返事だけして歩き出した。
「店で使うような机と椅子なら、この辺りかね」
カイに案内された辺りをおやっさんは指さす。
「机の形は決めたのかい? 前は四角だったが」
「円形にしようと思います。深い意味はないんですけど。あんまり席は詰めないで、風通しをよくしたくて」
「ならこっちだ」
おやっさんは頷いて、丸いテーブルが置いてある方に歩いて行く。
「足の数や位置にこだわりは? あと厚みなんだが」
「ちょ、ちょっと待って!」
ここでカイが口を挟んだ。
「おやっさん。姐さんとおやっさんで打ち合わせしてるあいだにさ、僕とこっちの兄さんたちに手伝いさせてくれない? そんで、その分安くしてほしい」
「そういう魂胆か」
おやっさんはニカッと笑った。
「アダムスんとこの跡継ぎなら、いくらでも仕事はある。が、フィンのほうはそうもいかねえか」
「申し訳ない」
「向き不向きがあんだろうが。おまえは母ちゃんのとこに行って、帳簿の整理を手伝え。デイジーさんと、そうやりかたは変わらんはずだ。カイとライアンは河っぺりで加工を手伝いな。お嬢ちゃんとの打ち合わせが終わるまでの働き次第で、値段は考えてやろう」
「ありがとう!」
そして三人はそれぞれの仕事場へ向かっていった。
残された私とおやっさんは、再び机に向き合う。
「で、なんだったかな。素材や造りだったか。こだわりはあるかい?」
「ないです。けど飲食店なので汚れが落ちやすいものがいいです。あとは重みがあって――」
日が高くなり、お腹が鳴るまで、私とおやっさんの打ち合わせは続いた。
「そろそろ昼ごはんだよ」
「え? もうそんな時間?」
声をかけられて振り向くと、呆れた顔のフィンと、やっぱり呆れた顔のすらっとした女性が立っていた。二人とも手にカゴを下げている。
「なんでえ、母ちゃん。なんか用かね」
「なんでえ、じゃないよ。今何時だと思ってるんだい。まったく、これだから職人ってやつは。ごめんなさいね。うちの人、夢中になると長いでしょう。私はマチルダ。マチルダ・ウディ。そこの腹ぺこ親父の妻です」
腹ぺこ親父と呼ばれたおやっさんが反論しようと口を開くが、その途端に、おやっさんのお腹が鳴った。
「マチルダさんと昼を用意したからみんなで食べよう」
フィンがカゴを持ち上げる。いい匂いがして、私のお腹も大きく鳴った。
カイとライアンも呼んできて四人でごはんを食べる。おやっさんとマチルダさんは他の職人達に食事を配りに行ってしまった。
「どう? よさそうな机と椅子、あった?」
「あったあった。ありすぎて決めるの大変だった」
いただいたサンドイッチを頬張りながら頷く。
「そっちは? フィンは帳簿の整理だっけ?」
「うん。うちとやり方はそうかわんないけど、とにかく量が多くてね。収支をそろえるのが大変だった。やっぱうちより取引が多いし、ものも人も出入りが多いからね」
フィンは珍しく疲れた顔で遠くを見ている。よほど大変だったらしい。端正な顔が、ややすさんでいた。
「ここは仕事が多いからなあ。息子らは全員、加工の方に回ってるし、おまえみたいに会計方に回る人がいないんだろうな」
ライアンが苦笑した。要するに会計はマチルダさんが一人でやっていて、跡継ぎや手伝いがいない状態らしい。
アダムス金物店は長男のライアンが工場を、次男のフィンが店と会計を継いで手伝っていたけど、最近はフィンが抜けた分を、ライアンの婚約者が担っているということだ。
「跡継ぎ問題ってどこにでもあるのね」
「そりゃそうだ。うちはうまくいってよかったよ」
アダムス兄弟が顔を見合わせて笑った。
「そっちの手伝いは?」
カイとライアンに話を振ると、カイは笑顔になったけど、ライアンはフィンそっくりの疲れた顔になった。
「久しぶりだったから大変だったけど楽しかったです!」
「足腰が死にそう」
「なんなの、この差は」
反応の差に引いていると、カイが明るく、
「慣れです」
と言う。
「あー、うん。そう。あとほら、カイは前から働いてたから、他の職人さんたちも、わかってるんだよな。こいつはこれくらいできるから、あれとこれを頼もうってさ。けど俺はそうじゃない。アダムスの跡継ぎ?じゃあ、あれもこれもできちゃう? みたいな」
「あー」
フィンが半笑いで頷いた。
「それでハードル上がるんだよな」
アダムス兄弟が、今度は疲れた顔で頷きあった。仲いいなあ。
昼ごはんを終えて、カゴをマチルダさんのところへ返しに行く。
「おいしかった? それはなにより。ケリーさんのお店、再開するんでしょう? 楽しみにしてるからね!」
「ありがとうございます! ぜひ、いらしてください」
「あの人が倉庫の入り口で待ってるから行っておいで」
マチルダさんに見送られて入り口に向かうと、おやっさんが台車に机と椅子を積んでいた。
「母ちゃんの飯はしっかり食ったか? よしよし。それじゃあ持っていきな。今すぐ用意できるのは二セットまでだな。残りは来週にでも取りにこい。それまでに、きっちり用意しておくからよ。その台車はそのときにまた、もってきな」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
お代を払って倉庫を出た。
外はやはりいい天気だけど風が涼しくて気持ちがいい。
「よし、頑張って持って帰ろう」
四人で、というか私は戦力外なので、三人が頑張って運んでいる。ケニールの町中はガラガラと押し引きすればいいけど、町から銀枝亭までの坂道が大変そうだ。
「ねえ、フィン。精霊に力を借りたりできるかなあ」
「見えないから、わか、らな、い」
肩で息をしながらフィンが答える。
「きみは精霊とやりとりできるのか。じゃあ、風と土の精霊に声をかけてみてくれ。運がよければ、彼らの気が向けば助けてくれる、かも? でも、対価がなあ」
荒い息を吐きながらライアンが言う。対価?
「ねー、荷物運ぶの、助けて」
あまり深く考えずに、キラキラ光る風に、木立に潜む地面に、声をかける。
「それ、ぼくたちに、いってる?」
ひょこりと、木の間から土の精霊が顔を出す。ふわりと風の精霊も降りてきた。
「うん。お店にね、この机と椅子を運びたいんだけど、重くて大変だから手伝ってほしくて」
「そう? ちょっとだけね?」
精霊たちは私の後ろを見てから、台車に向かった。
「てつだうから、おもしろいことおしえて」
「なにか、おはなし、して」
「お話?」
それが対価ということなのだろうか。でも、急にお話と言われてもなあ。
精霊とフィンたちが台車を押すのを眺めながら考える。ふと思いついて、桃太郎の話をしてみた。
「無事に鬼は退治され、桃太郎はおじいさんとおばあさんの家に帰りました。おしまい」
話し終えたところで、ちょうど銀枝亭にたどり着いた。
「手伝ってくれてありがとう」
「こちらこそ、おもしろいはなし、ありがとう」
「また、きかせてね」
精霊は満足したように飛び去っていった。
「すごいな、きみは」
ライアンが汗を拭きながら言う。
「精霊は好奇心の塊でね。とにかく新しいものを求めている。彼らを満足させるのは大変なんだけど」
「そうなの?」
首をかしげていると、フィンが運び込むのを手伝うようにと割って入ってきて、話はそこで終わった。
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