飛び込んできたその人は

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飛び込んできたその人は

「ジェシカ!」 「はい?」  風と共に廃墟に入ってきたのは、やはり金髪で背の高い男の人だった。二十歳くらい? とてもきれいな顔立ちだ。なんて考えていると彼は笑顔で駆け寄ってくる。 「ジェシカ! 生きていたのか? てっきり強盗に連れ去られたんだと」 「違います。ジェシカじゃないです」 「え?」  しまった。思わず否定してしまった。中身はどうあれ外見はジェシカなんだから、話を合わせるべきだった。  青年は不審そうな顔で私を見つめている。顔が綺麗なだけに、不機嫌な顔がめちゃくちゃ怖い。 「君は、誰だ」  警戒感をあらわにする青年は、そう長くは待ってくれなさそうだ。私は、私はいきなりこの世界に放り込まれて、それで。 「アリス。アリス・ケリー」  思わず名乗ってしまったのは、絵本で読んだ迷子の名前だった。見た目、日本人じゃないし、金髪美少女ならアリスと名乗っても違和感ないはず。それにジェシカの名字を名乗っておけば、こう、親戚的な感じにならないかな。  青年は、ふうんと頷く。悲しそうで申し訳ない。 「もしかしてジェシカのご両親が呼んだ手伝いの人?」 「そうです!」  渡りに船、棚からぼた餅。そんな気分で彼の発言に食いつく。 「えっと、親戚の、ケリーさん達から手伝いを頼まれて来たんですけど、誰もいなくて」 「そっか。残念だったね」 「え」  残念? ジェシカが言っていた、両親が強盗に殺されしまったことだろうか。それとも? 青年はきれいな顔を悲しそうに歪ませてしまう。  私も余計なことは言わずに、困っているふりをしてみせる。事実、けっこう困っている。 「とりあえず、出ようか」  青年に促されて廃墟の外へ出た。 「まぶしい」  外は長閑な田舎道だった。正面には森だか林だか、木立がうっそうと茂っている。足下には農道のようなあぜ道が左右に走っていて、左の方に町らしきものが広がっていた。  風は穏やかで、空は青い。木がざわざわと揺れて、その間をなにかキラキラしたものが飛び回っている。虫かなにかだろうか。 「俺、フィン。フィン・アダムス」  青年が振り向いて名乗る。 「隣の金物屋の息子」  そう言って指さした先に『アダムス金物店』と書かれた看板が見えた。家と家との間はちょっと距離があって、隣の家って感じじゃない。そう思うのは、死ぬまでは都市部のマンション住まいだったからだろうか。  アダムス金物店はジェシカのお店から見て右側の、少し上り坂になった、上の方にある。反対側の左手は下り坂になっていて、その先に町らしきものが広がっていた。 「あっちはなんですか?」  そう聞くと、フィンは少し不思議そうにしてから、 「あれはケニールの町。王都なんだけど知らない?」 「初めての場所ですし、物知らずでして」  そう開き直ると、ようやくフィンは表情を崩した。 「そっか。じゃあわかんないことがあったら聞いて。とりあえず俺の家に行こうか。女の子一人を廃墟同然の家に置いておくわけにもいかないし」 「親切なんですね」  今時、なんて思ったけど、たぶん私の知る現代ではない。はず。  フィンは私の言葉には返事をせず歩き出した。  後ろから、フィンの服を見て見る。彼の服装は簡素なチノパンに半袖のシャツ。ざっくりしていて、時代もなにもあったものじゃない。けど、着古しているようで、きちんと手入れがされた服装は好感が持てた。 (母親に感謝しなさいよ)  なんて思うのは、たぶん私がひねくれている。  そういえば、ジェシカのワンピースもよく体になじんでいる。着古しているのかもしれないけど、やっぱりきちんと手入れがされているのだろう。  そんなことを考えていると、フィンが立ち止まる。 「ようこそ、アダムス金物店へ」  思ったよりこじんまりとした店の奥から、カンカンと高い音が響いていた。
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