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精霊について
銀枝亭の片付けは、人手が増えたことで一気に進んだ。カイが予想以上の戦力になったのだ。
「カイ、あなた力持ちなのね」
「これくらいなら軽い方です!」
家に来てすぐに聞いたとおり、カイは日雇いの荷物運びをメインに、あちこちで力仕事をして生活していたということで、そういうのは得意らしい。おかげで瓦礫も埃も、すべて片付けることができた。
私が驚いて褒めるたびにカイは
「これくらいしかできないから」
「まかせて! ください!」
と、ニコニコと片付けを進めてくれる。横でフィンが肩で息をしながら、
「適材適所ってやつだよな」
なんてつぶやいていた。適所かどうかはさておき、私とカイは毎晩フィンに文字の読み書きと、ティルナノーグ島における一般常識を教わっている。だから腕力で負けていることは、そんなに気にしなくてもいいのにね。
「そういう問題じゃないんだよ」
「そうなの?」
私の方は掃除でたいして役に立っていないことは気にしていない。私の適所は厨房なのだから。たぶん。
片付いた店のカウンターで、三人で並んで休憩をしている。あとは厨房の掃除と片付けと。それが終えたらテーブルや椅子を用意しないといけない。二階から持ってきたコップでお茶をすすりながら考える。
あとは、役割を決めないとだ。
「カイは接客仕事の経験ある?」
「あんまりない。です。木材加工所で御用聞きとかの手伝いをしてたくらい。です」
「フィンは?」
「金物屋でやってたよ。今カイが言ったみたいな御用聞きとか、品物の説明とかね。でもそういうのはお袋がメインで、俺はどちらかというと会計担当だったかな。お金を数えるのは嫌いじゃない」
じゃあ、私は厨房にこもってて良さそうね。
「それなら二人に接客を任せて、私は厨房ね」
「うん。俺は精霊が見えないから、厨房じゃあ役に立たないだろうし」
「あ、僕もです。まったく見えないって訳じゃない、です。でも精霊と話したりはできない。です」
精霊? そういえば、前にもそんな話があったわね。えっと、ドアの施錠だった。厨房で働くことと、精霊とやりとりすることがなにか関係がある?
「あー、きみは精霊について詳しくないんだった。じゃあ、とりあえず行ってみよう」
フィンが厨房に向かうので、私とカイもついて行く。
厨房のコンロの中を覗くよう言われたので、身を乗り出した。
「中って、空洞? 真っ暗だけど。あれ、なんか光った?」
コンロは私の知っているとおり五徳があって、でもその中は空洞で。真っ暗かと思ったけど、目をこらすとなにかキラキラと光りながら動いている。
「光って、動いている?」
「おまえ、みえるのか」
「ほわっ?」
中から声をかけられた。フィンはいつもの笑顔でこちらを見ていて、カイは不安そうにしている。
「ねえ、なんか言ったよ」
「そうか、良かったよ」
「え、いいことなの?」
首をかしげつつ、再びコンロをのぞき込む。
「あの、どちらさま?」
「ヒだよ。メラメラだよ」
「メラメラだそうです」
テンパりつつも、フィンに伝えると、彼は笑って「そうだろうね」と言った。
「説明するより、見てもらう方が早いかと思ってさ。かまどにはね、火の精霊がいる。そして火の精霊に火をつけてもらってかまどを使うんだ」
「な、なるほど? 電気とかガスは?」
「なにそれ」
ないのか。そりゃそうか。
その後の説明によると、風の精霊が通り過ぎるから風が吹くし、光の精霊の守護があるから、人々は安全に生きられる。逆に闇の精霊がいるから危険を排除することもできるし、他にも予言やお告げを贈る星の精霊や、土地を豊かにする土の精霊、水を操って水害を防いだり船なんかの運航を手伝う水の精霊がいるらしい。
「はー、そうなの」
やっぱり異世界だなあ。けど、その精霊も見える人と見えない人、また見えても、会話が出来る人、出来ない人がいるそうだ。
「精霊が見えるのは個人差だけど、会話が出来るのは女性が多いって言われているね。理由は各国の研究機関で調査中。それから国、というか土地によって、精霊の種類に偏りがあると言われている。ここレギスタが星の国と呼ばれているのは前に教えただろう? それは星の精霊が多いからだ」
預言やお告げを行う星の精霊。その星の精霊の多いレギスタ。だから精霊をあがめる教会はレギスタの発祥であり、今でもティルナノーグ島ではレギスタに最も多くの教会が配置されている。ということだ。
「他の国は? ていうか、ティルナノーグ島っていくつ国があるの?」
ティルナノーグ島の東にあるのがレギスタだと聞いた。でも他の国については聞いていなかった。
「じゃあ、さらっと。ティルナノーグ島の北が炎の国アルラウド、西が戦の国コナハト、南が海の国マグメルだ。詳しくはまた今度ね。今はここの精霊と仲良くならないといけない」
そう言って、フィンはコンロに目を向ける。つられて振り返ると、コンロの奥から、火の精霊が顔を覗かせていた。
大きさは十センチあるかないか。一見ヒトみたいな形をしているけど、本人の言うとおりメラメラと燃えていて、形が定まっていない。
「えっと、こんにちは」
「こんにちは。あんたが、このクリヤのヌシ?」
「うん。使いたいのだけど、どうでしょうか」
たぶん。そうなる、はず。クリヤとはきっと厨、厨房のことだろう。
「なにか、つくりたい?」
「うん。おいしいものを作りたいです」
「とびきり?」
「うん、とびきり、おいしいもの作りたいです」
おっかなびっくり頷くと、火の精霊はシュッとコンロの中に戻ってしまった。なにかお気に召さなかっただろうか。もう一度覗こうとすると、ぶわっとコンロから火柱が上がった。
「かえってきた、かえってきた!」
歌があふれかえり、火の精霊が幾人も飛び出してくる。
「クリヤにヌシがかえってきた!」
「ぼくらはホノオをたくもの」
「ぼくらはアカリをともすもの」
「もやせもやせ、ぼんぼんもやせ」
「ぼくらのかまどに、クリヤに、ヌシがかえってきた!」
歌いながら火が舞い踊る。こんなに燃えさかっているのに、私には火の粉一つかからない。これが火の精霊。
あっけにとられていると、フィンに肩をつつかれた。
「アリス、火の精霊はなんて?」
「ぼくらのクリヤにヌシが帰ってきたって」
「ならよかった。きみはこの厨房を使える」
フィンがにこりと笑った。カイがあんぐりと口を開けて火柱を見ている。
「さあおきろ!」
「みんな、みんな!」
火の精霊が声を張る。途端に風が吹き、光が舞い散る。水しぶきが飛び散って声が響いた。
「クリヤにヌシがかえってきた!」
四方から声がする。振り向くと火ではない、別の精霊達が踊っている。
「わたしたちはコオリをはるもの」
「わたしたちはカゼをよびこむもの」
「ぼくらはミズをながすもの」
「ヤミを」
「ヒカリを」
「ぼくらは」
「わたしたちは」
「クリヤのヌシをまっていた!」
そして彼らは私をぐるりと囲んで跪いた。ちょっと怖い。
「ヌシ、なんなりと、ごめいれいを」
「なににする? なにつくる?」
フィンとカイは壁際で見ているだけだ。どうしろと?
「え、えっと。今日は挨拶に来ただけ、なので」
「なにもおつくりにならない?」
「作る! 作るけど何を作るか、ちゃんと考えさせて」
「しょうちしました、ヌシ」
「ぼくらはここで、ヌシをおまちしています」
「はやめにね!」
「たのしみ」
「まってる」
「まって、いるよ」
火の精霊が頭を下げコンロに戻ると、氷の精霊は冷蔵庫に、風の精霊は換気扇に、水の精霊は洗い桶へと帰っていった。他の精霊達も一言述べてから、それぞれの居場所へと戻って、最後は私たち、人間だけが残される。
「戻ろうか」
笑顔のフィンと、まだ口を開けたままのカイと共に、店の方へ戻った。
「どうだった?」
再びカウンターでフィンに聞かれる。
「びっくりした」
「そっか。ほら、俺にはなんにも見えないから。風が吹いたなとか、火柱が上がったなとか、それくらい」
屋内で火柱が上がったらもうちょっと驚いてほしい。
「カイは?」
神妙な顔でお茶を飲むカイに声をかける。カイは精霊を見ることは出来るけど、会話はできないと言っていた。
「精霊たちがはしゃいでいるのは見えました。すごかった。あんなにたくさんの精霊が姐さんに跪いて」
「そうなんだ?」
神妙な顔をするカイに、フィンは軽い調子で相づちを打つ。
「そうだったわね。私が厨――厨房の主なんだって。使われるのを待ってるって」
そう言ってもらえるのは、正直とても嬉しい。だって、私が料理をすることを待ち望んでいる人たちがいる。食べる側の人じゃないけど、それでも誰かに望まれるのは嬉しい。
「よかったね」
「よかったのかな」
もちろん、とフィンが頷いた。
「精霊に認められないと厨房は使えないし、なによりきみが嬉しそうにしている」
だから、よかったねと。そうストレートに言われると気恥ずかしいけど、でも嬉しいものは嬉しい。だから、うへへと笑っておいた。
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