真の解決編

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 親愛なるゲラルドゥス翁  君はいい加減、名探偵を名乗るのはやめた方がいい。  なぜなら、真の名探偵は間違った推理をあたかも正解かのように披露しないからだよ。  それとも、先ほどはわざと間違えたのかい? それともただの予行練習?  君の推理、拝読したが、ここには致命的なミスがあるのだよ。  それは、島本刑事が階数の概念を理解していないという点だ。この可能性はとある会話から否定できる。  ——二階のあのソファ見たか、シマモト  マーシャルの台詞だ。  君の推理では島本刑事は階数の概念を知らないから、ここでも勘違いが生じていることになる。  つまり、マーシャルはthe seond floorと言い、島本刑事はそれを日本語の通り二番目のフロア、つまり二階だと勘違いしているはずだ。  要するに、本来あのルイヴィトンのソファはthe seond floor、三階にあるはずなのだよ。しかしどうだ、その数台のソファは二階にあった。ちなみに、三階にあるのは三好の封じられた書斎だ。  つまり、島本はしっかりイギリス英語での階数の概念を理解しているのだ。  そもそも、三人の男が何か工作したように見せかけて実は何もしていません、なんてミスリードがあるわけないだろう? まあ、あの勝吉くんならやりかねないが。    さて、これで君の推理は塵芥のごとく消え去った。  状況を整理すると、結局三好が三階の高さから落ちたことも鑑識の誤診ではない限り(ミステリの中なので、そんなことはないと思うが)事実であり、そして犯人の三人が何か工作を施したのも事実になる。  問題はいかにして三好が三階から落ちたように仕向けたのか。  ボクの推理は、土台は君と同じだ。  その土台とは、現場が日本ではないことだ。その根拠も、君と同じ。だが、それがイギリスである必然性はない。  室内で靴を履く慣習があり、おそらくマーシャルという名前から英語圏だろう。   ボクは、と、考える。      今作において初めにボクが気になったのは、文章がやけに舞台が『八月』であることを強調していることだ。冒頭と最後、二回も『八月』が使われている。  そこで、『日本』の件と同じようにミスリードをさせようとしているのではないか、と考えた。では、月におけるミスリードとは何だろう。  そこでボクはさらにその次の記述に注目した。  ——日本では夏真っただ中の季節  また、現場は日本ではない、となると、当然ながらその舞台が現在『夏真っただ中』だとは限らない。  だとすれば、『夏真っただ中』自体がミスリードである可能性が高い。  まず、八月というのは世界共通、となれば、逆説的に八月の時点で季節が夏ではない且つ英語圏の国を探せばいい。  そこでぴったりと当てはまるのがオーストラリアなわけだよ。  オーストラリアは南半球にあり、日本が夏のときオーストラリアの季節が冬だというのは基礎的な知識で分かる。  そして、現場がオーストラリアだと仮定すれば、事件の謎が全て解けてしまうのだ。  では本題に戻ろう。なぜ三好は三階から落とされたのだと考えられたのか。 それは、本当にだ。 別に、実は建物が上下に動くとか、そんな大仕掛けは必要ない。 この不可解的状況、謎を謎たらしめたのは、他でもない〝雪〟の存在なのだよ。    。    このときオーストラリアの季節は冬。冬と言えば雪。オーストラリアでも雪が積もることがある。  雪が一階ほどの高さまで積もっている状況で、四階から人を突き落とせば、降り積もった雪のところで着地するのだから、必然的に三階分の高さから落とされたことになるのだ。  雪が一階分降り積もっている、そのことに気づいた三人は、もしかしたら転落した距離を偽装できるかもしれないと考えた。そして、証拠隠滅のために雪を溶かしてしまったのだ。  現場に漂っていた灰の臭い、これは雪を急速に溶かした痕跡だと推測できる。おそらくある程度までオイルなどで燃やしたあと、明け方に日差しの反射率を下げるために灰を撒いたのだろうな。  さて、ここで君は、この推理は何の根拠もない憶測だと思うだろう。だが、文章をよく見直せば、現場に雪が降っていないと不自然なところがあるのだ。  ——車のタイヤ痕があそこに残っている  硬い地面にタイヤ痕がはっきり残るだろうか。タイヤ痕がはっきりと残っていたのは、当時雪が降り積もっていたからに他ならない。  また、  ——相変わらず、八月の日差しは眩しい。  これは最後の文章だが、ここで言う日差しは、辺りに積もった雪に反射した日差しのことだろう。ミスリードを狙った文章でなければ、わざわざここで強調する必要がないからね。  長くなってしまったが、これでボクの推理は終わる。くれぐれも勘違いしないでくれ。君の推理は、解決編ではない。  これが、真の解決編だ。  現場には、死体が落ちてきたのと同じように、ってわけだ。  二重の転落、これこそが真実なのだよ。    真の探偵・風神風吹
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