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島本刑事は、地面に横たわる無残な死体を見て、思わず顔をしかめた。
年齢はおそらく三十代ほどで、髪は七三に分けられ、しっかりと固められている。
皺のないスーツを纏い、身なりはかなり整っているが、その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。死体周辺から灰のような臭いが漂っているのは、彼が喫煙者だからだろうか。
今、島本刑事は現場である円柱のタワーの四階にいた。
通報者である三人に会いに行くためだ。
三人の男は島本刑事の姿を見るとほっとした様子で、すらすらと遺体発見の経緯を説明された。
どうやら三人は、資産家である三好が建設したこのタワーに招かれ、昨夜はかなり寛いでいたらしい。
昨夜、何をしていたのか訊くと、四階で談笑をしていたとのこと。しかし昨夜目が覚めて窓の下を見ると、あのような光景が広がっていたとのこと。
「二階のあのソファ見たか、シマモト」
形式的な尋問が終わると、マーシャル刑事がその彫りの深い顔を向けて島本に言った。
「いえ、見てないですが」
「ルイヴィトンだよ、きっと。あんな代物がこの建物には山ほどある。しかもこんな別荘を、被害者は何件も建てているんだぜ」
「相当な金持ちだったんでしょうね」
二階に下りると、確かにサロンのようなスペースに豪奢なソファが数台設えてあった。
再び地上に下りてみれば、すでに死体は搬送されているようだ。
「死亡推定時刻は昨夜の十時ごろで間違いないようだ」鑑識の男が、島本とマーシャルに告げる。「あの三人にアリバイは?」
「三人で談笑をしていたようですが」
「ってことは、これは事故だな」
「まだ言い切れないのでは?」
頭の切れるマーシャルが指摘する。
確かに、一目見ればこれは転落死だが、あの三人が突き落とした可能性だってある。
ただでさえ巨万の富を持つ男なのだから、多少の恨みを買っていても不思議ではない。
「また、見たところ、遺体は三階の高さから落とされた可能性が高いとのことですが」
マーシャルは鑑識に確認を取る。
「遺体の損傷具合からして、そのようだな」
「なるほど」
鑑識の説明に、島本刑事はメモを取ろうとしたが、そこで手を止めた。
確か、三階の死体が落ちていた位置にあるのは三好の書斎である。
そしてそこは、先ほど確認したところドアの外側に鍵がかかっていた。それも、三好くらいしか暗号を知らないであろう五桁のダイヤル錠によって封じられていたのである。
ふと三階を見上げると、すべての部屋の窓が開いている。
すでに自宅に帰っていた三好の雇人によれば、三好タワーはひどく通気性が悪いので、全ての窓を開けて換気をしているらしい。
だとすれば、窓が開いていることに気づかずに壁によっかかり、そのまま三階の高さから転落‥‥‥という状況も十分あり得る。
そして、少なくとも確かなことは、これが三人による殺人ではないということだ。
タワーの四階で談笑をしていた三人には、鍵のかかった書斎には入ることができず、犯行が不可能なのだ。
相変わらず、八月の日差しは眩しい。
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