インタールード

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 「どうでしょう?」  風神風吹(かざかみふぶき)さんが顔を原稿用紙から上げたのを確認して、勝吉(しょうきち)はそう問いかけた。  駆け出しのミステリ作家である勝吉は、久しぶりに新作を書き上げると、これを彼に読ませるためにこの草庵に訪れた。  風神さんは赤茶の蓬髪を後ろで束ね、探偵を彷彿とさせるハンチング帽といういつもの出で立ちで現れると、実に快く散らかった部屋に招き入れてくれた。  勝吉はいつも通りバッグパックから数枚の原稿用紙を取り出し、それを無言で彼に渡す。  彼は勝吉の求めていることを心得ているようで、訳知り顔でそれを読み始めた。  そして今に至る、というわけだ。  「その問いは要するに、いかにしてこの三人は事件を事故に見せかけたか、ということだな?」  「その通り」  「ある程度は分かった」  「‥‥‥ええ⁉︎」  大学生の時点で新人賞を受賞した、若き才能を持つはずのこの自分が思いついたトリックを、いとも簡単に解いたということか?  しかし、嘗めてはいけない。相手は勝吉をはるかに凌駕するレベルの天才、風神さんなのだから。  それに、勝吉自身、そのような風神さんの神業を毎回楽しみにしているのだ。  「ダイヤル錠が部屋の外側にかかっていたという時点で、真相は見抜いた」そうとう自信があるらしい。「その部屋の窓から飛び降りたという設定のはずなのに、なぜ外側に錠がかかっているのか。この時点で、三好は書斎から転落しているわけではない、という論理が導き出せる」  「まあ、冒頭で四階から突き落としたと書いてありますしね」  『外側のダイヤル錠』という矛盾は書き上げたあとで気づいたミスだが、それでもある程度伏線として成立しているので、残しておいたのである。  「だが、簡単すぎる」  「え?」  「ボクが今この場で推理を披露してやってもいいが、それではつまらない」風神さんはA4サイズの数枚の紙をボロボロの机に放ると、腕を後頭部に回す。「というわけで、の推理も聞いてみたいな」  「また、呼ぶんですか?」  「いや、呼ばなくてもいい。ボクが読んだところまでをメールで送ってやれ。きっと、面白い回答が書いてくるはずだ」  彼の言うエセ探偵とは、ゲラルドゥス(おきな)といういかにも胡散臭い名前の若者のことだ。  彼は自称名探偵で、いわゆるナルシスト。  自己肯定感も高いようだが、彼の推理は毎回外れる。  そしてその出鱈目な推理を面白がるのが風神さんである。そして、正しい推理を華麗に披露するのが彼の役目なのだ。  今回も、そのエセ探偵のお出ましだろうか。  勝吉は、彼への期待とともに、早速本作の途中までをメールで送ってやった。  するとおよそ十分後、彼からかなりの長文が送られてきたのだった。  待ちに待った、自称名探偵、ゲラルドゥス翁の解決編の幕開けだ。  
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