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それは、昔々の、とある国のおはなし。
森の奥深くに住んでいる、淋しい魔女のおはなし。
***
その森には、悪い魔女がいるという噂があった。じめじめとした空気が満ち、木々が鬱蒼と無造作に立ち並んでいる有様が不気味な森であるため、悪しき者がひっそりと息を潜めていても不思議ではないのは確かだ。老若男女を問わず、誰も近付きたがらない森だった。
そして、実際に魔女も存在した。
──彼女の名は、フルール。魔女ではあるが、決して悪に身を染めた者ではない。
人間たちの中には、この森を訪れて呪いの言葉を吐き出すと、その黒い願いごとが叶うという噂があったが、無論それは誤った情報だった。
フルールは、己の生まれについて殆ど知らなかった。物心ついた時にはもう、この森でひとりきりだったのだ。彼女を育ててくれた黒猫は、もう十年以上前に死んでしまった。
フルールは魔女ではあるが、使える魔法はひとつだけだった。
それは、己の感情を色染めした布を織り上げること。光が当たる角度によって色合いが変わって見える、どこか寂しげな布地は、たいそう美しかった。
近くの町の住民たちから存在を知られれば気味悪がられると理解している魔女は、決して森から出ようとはせず、ひとりぼっちで布を織り続けていた。
──週に一度、彼女をひとりぼっちではなくさせてくれる一人の男のために、ひたすら魔法の布を織り上げた。
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