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2022年12月31日
ピロロロ。
「速報です。これまでプラスチック製品を溶かすとされていた毒雨が、金属を溶かす可能性があることが分かりました。現在気象庁が調査を進めているとのことです。」
ぼんやりと、俺の頭に声が届く。
緊迫したテレビの向こうは、傘の外で起こる別の世界のようだった。
数時間前に蹴った段ボールに黒いインクが染み付いている。感情を全て吸収して潰れたペン先から重く黒い雫が垂れた。
「ご覧いただけますでしょうか!今朝降り始めた雨は金属を溶かし始め、街は混乱に陥っております。現在、全ての公共交通機関は運行を見合わせているということです。」
カメラは駅の人混みを映している。移動できなくなった人々の怒号が飛び交い、現場で様子を伝えていたキャスターが人の濁流に飲み込まれて見えなくなった。
ふと、ミシミシと家の壁が鳴った。
金属を溶かす雨なら、やがて家も壊れる。
そういえば、上の階の音が聞こえない。避難するところがあったのだろうか。
俺は両手に残ったまっさらな原稿用紙をぼうっと眺めた。バキッとわざとらしい音を立て、ボロアパートのどこかが割れる。
そうだ、最期に日記を書こう。
結局自分のことは殺せなかった。
だがすぐに世界が終わりを連れてくる。
いつかこの日記が発見されて貴重な資料になるのだろうか、と頭の隅に冷静さがぽつりと浮かんだ。
畳の端に転がっている新しいペンを取り、2022年12月31日、と書く。そうか、年の瀬か、と今更ながら思った。
小説は一文決めるのに数時間かかったが、日記はすらすらと流れるように言葉が載っていく。簡単なことだ。だが俺にはできなかった。
今日から遡って3日分の記録を残したところで、アパートがぐにゃりと歪んだ。
雨は遠いところで降り続けていた。
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