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2022年12月29日
今日、俺は死ぬはずだった。
六畳一間のカーテンレールには、今も電気コードが垂れ下がっている。
死のうとはしたのだ。
コードに両手を添え、ぐっと握り締めると同時に喉仏を輪の中央へと潜らせる。足元に用意した段ボールの箱へ乗ろうと、左足を半歩前へ動かした。
と、急にきっぱりとした女性の声が部屋の空気を震わせた。テレビだった。
目を下へやると、埃を被ってやや灰色になったリモコンが転がっている。どうやら足で押してしまったらしい。
俺は不愉快な音を消そうと乱暴にしゃがみ込む。ふと、前の職場のクソじじいを思い出した。
画面には一瞥もくれずに電源ボタンを押そうと右手を動かす。
途端、ピロロロ、とけたたましいアラーム音が鳴った。
「速報です。現在関東地方で観測されている雨に、有害な物質が含まれている可能性があります。外にいる方は、直ちに建物の中へ避難してください。」
久しぶりに聞いた警戒音に心臓が跳ね、俺はリモコンを落とす。反射的にテレビへ目を向けると、外の映像に切り替わるところだった。
画面の向こうで、ざーっとこの世の憂さを全部具現化したような雨が降っている。ミニチュアの人が同時に動き回る。スクランブル交差点の映像だ。
よく見ると、人々の傘に穴が空いている。数秒見ている内にその穴はどんどん広がり、やがて骨だけになった。
俺は早送りでも眺めているのかと、瞬きを数回。女性アナウンサーが口を開いた。震える声を全身の筋肉で宥める時みたいに、顔が歪んでいる。
「ご覧いただいておりますように、現在降っている雨は、プラスチック製のものを溶かす恐れがあります。繰り返します。外にいる方は、直ちに建物の中へ避難してください。30分後に、気象庁が会見を開く模様です。」
プラスチックを溶かす雨。
突然落ちてきた、崩壊の雨。
俺はにやりと口角を上げた。
これだ。これなら書ける。
床に散らばった原稿用紙とペンをあさり、段ボール箱の上で急いでメモを取る。
俺は1年ぶりの小説を書き始めた。
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