私の一番嫌いな言葉

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私が嫌いな言葉は永遠、絶対、信じる、一番だとか色々あるけど、一番嫌いな言葉はあの言葉だ。 誰でも簡単によく使う言葉、大抵は良いものとしてとらえられているあの言葉が嫌いだ。 知人や友人が何気なく使ってきたのがわかっていても、いつも何とも言えない気持ちになって、一瞬どう答えようかと反応の仕方が分からなくなってしまう。 あの言葉は本来なら発した人間の想いが含まれていて、聞く方は喜ぶような嬉しくなる様な言葉・・・なんだろうけど、私にはその言葉を聞くたびに、 まるで何かの判決を受けるような、自分と相手の結びつきや関係を試すようなそんな感覚に襲われて、嬉しいという気持ちよりも苦しくなって返事ができなくなる。 こんな感覚になるのは私くらいかもしれないと時々思うこともあるけれど、やっぱり簡単にその言葉に「そうだね」と同意するような言葉返すことにいつも抵抗を覚えてしまう。 私の一番嫌いな言葉、それは「約束」だ。 大抵は相手を大切に思うから出てくるものが約束の言葉なんだろうけど、私はずっとこの言葉への抵抗感を感じながらこれまで過ごしてきた。 そもそも約束というのはどういう意味なんだろうと何度も考えてきたのだ。 それこそ小さい頃から。 来年も一緒にいようとか、絶対にまた会おうとか、ずっと仲良くしようとか、絶対に何々しようとか、 そんなたくさんの約束を惜しげもなく口にできる人達に出会うと、私はとても信じられない気持ちになって、怖くなる。 あの言葉を言われると、なにか恐れの様な気持ちや聞いてしまったことに落胆する気持ち、そして少しの希望とそれが果たされないかもしれないという可能性を含むことへの絶望のような・・そんな色んな感情が複雑に絡み合うようで、自分の中で葛藤が起きるようなそんな感覚に襲われてしまう。 言っている本人は良かれと思って言っているんだろうけど、どうしてそんなに簡単に口にできるんだろうと私はいつも理解できない気持ちになるのだ。 私にとっては、簡単な約束やちょっとした再会の約束ですら少し感じる切なさや不安を振り払うようにして返事をすることもあるほどなのだ。 考えてみると約束と契約は少し似ている。 でも契約は守られない場合は罰則がついてくるし、大抵は仕事などで使われるから守らなければいけないという責任がある。 しかし約束は守られる筈のものなのに、多くの約束はなぜかあいまいで、簡単に結ばれて、そしていい加減に扱われている気がする。 約束が果たされるかどうかはその人の気持ちや熱意により左右されてしまう、それが約束なのかもしれない。 約束は元々結ばれた人間同士に安心をもたらすためのものだったのかもしれないとも思う。 または希望を表すものかも。いつか叶えたいことを約束として願いを託して言霊として発したのが始まりだったりするのかもしれない。 約束はそもそも守られるためにあるんだろうか? そう思ってしまいそうなくらいに約束は守られないことが多い気がする。 守るはずのものなのに、守られなかったとしても謝ってしまえば、 または達成が不可能な状況に追い込まれたら許すのが当たり前の様な、そんな意味合いすらこの言葉には含まれているんじゃないかと時々考えてしまうこともある。 例え守られたとしても形式的に守られた場合には、そこにもう気持ちが入っていなくても守らなくてはという義務感で為したりとなると、それはもう最初は発した当人の想いや願いの様な要素が含まれていた筈が、後なったらもう純粋さを失ってしまっていて、ただの責任感だったり自分の信用を守るために遂行されるべき任務の様な、そんな不毛な感覚すら感じられてしまう気もする。 口から出た時は本当に大切に思って善意で出て来たのかもしれないし、その時点で守るつもりでその言葉を発しても、それが果たされなかった時のむなしさがどうしてもぬぐえないから、誰かからの好意や優しさや熱意の表れとして約束として伝えられているのが分かっていても、聞いた瞬間に、いつか相手や自分が心変わりしてしまったり、状況が変わったりして、それが達成されない可能性を考えてしまうから辛くなるのかもしれない。 普通なら約束の言葉をもらったら、喜ぶ人が多いんだろうに、約束にまつわる言葉や思いを向けられると、私の心はいつも急に冷えていくのだ。 いっそ約束はしないでほしい、約束しないでしてくれる方がいい、その方が楽な気がしてしまうほどだった。 私がこういう反応をするのはなぜなのかと何度も考えてみたけれど、 もしかしたら小さい頃の環境にあるのかもしれないし、何度かの期待していた大事な約束が果たされなかったからかもしれない。 守られると信じたもの、安心しきっていた人との関係や物事が壊れる経験をしたことで、元々苦手だった約束が、より聞きたくない言葉になってしまったような気もする。 恋人から楽しいデートの後に「また来年も一緒にここに来ようね」と少し恥ずかしそうに嬉しそうな顔で言われても、私はその日が本当にやってくるだろうか?という考えが頭に浮かんで返事をすることが怖くなってしまった。 すぐに「うん」と答えることができなくて、その時どう答えたのか・・・そうなるといいねとそんな風に答えたような気がする。 大事なことほど約束をするのもされるのも怖いのだ。 そしてこの約束も果たされることはなかった。 私に迷いがあったからなのか、それとも約束を結ぶこと自体を不安がった時点で果たされることはない約束だったんだろうか。 約束を守るのは簡単だ、約束を破らなければいいのだと何かの本で読んだことがあった気がする。そうだ、確かにその通りだ。 でも大抵の約束は簡単に結ばれて簡単に忘れられ、諦められ打ち捨てられていってしまう。 そしてその時の自分に都合の良い別の物へと変換されたり、果たされなかったことすらその人の中で都合よく合理化されていく・・・そんな風に思えて仕方ない。 だからこの約束という言葉が一番嫌いで苦手なんだ。 そんな私がある日、目覚める前のぼんやりした時間に不思議な夢を見た。 私は昔からよく夢を見る子だった。 大抵の夢は脳が情報を整理したりするために見ているのだろうと思われるあまり意味を持たないような夢を見ることが多いけど、時々不思議な夢を見ることもある。それはこの先の出来事に関することだったり、親しい人に関するものだったりすることもあった。 その日見た夢はそんな不思議な夢の中でも今まで見たことがないような、見た後もずっと心に引っ掛かるような気になる夢だった。 夢のイメージはこんな感じだった。 最初は、ぼんやりとした霧の様な、もやの様なものが視界に広がっていたが、そこから次第に人物らしき姿が見えてきてそれは男性だった。 顔も外見も私が全く知らない男性。 髪の毛は少しくせがあるようだけど、自分の知り合いではそんな男性はいないはずだ。 彼は特に何か話すこともなく、ただこちらを見てくる。 はじめは穏やかな顔をしていたが、次第にいろんな感情が混ざった様な複雑な表情で私をじっと見つめてくる。 私はその彼を見ていると一言も話していないのに、ああ、この人は私を待っていてくれているんだと、そう感じられてきたのだった。 私が知らないはずの人、今まで生きてきて会ったはずのない人だ。 それなのに私も相手を見ていると切なくて気持ちがこみあげてくるような、 全身が何か強い感情で包まれるようなそんな感覚を感じていた。 次第に、早く彼に出会わなくちゃ!ずっと待たせているんだ・・・そんな想いが頭に浮かんできて、夢の中なのにものすごく気持ちが急いてくる。 この夢の内容は、現実的に考えたらつじつまが合わないような不思議なことの筈なのに、夢を見ている間は感じる感情や想いが当然のことのように感じられていたのだった。 目覚めてからもその夢の事をぼんやりと考えていた。 不思議な夢を見た時はいつもこうやってその内容や感覚を反芻する。 突拍子もない夢だった・・・でも大抵強く印象に残る不思議な夢は、私にとって意味のある夢が多いのもこれまでの経験で知っていたので、自分なりにどういうことなのだろうかと考えてみることにした。 人恋しいとか恋愛がしたいと思ってあんな夢を見たのだろうか。 でも、今は特に恋愛をしたいとか出会いを求める気持ちは持っていなかった。 それに会ったことがない相手を実感を伴う強い気持ちで想うなんて、あまりに変な設定な気がする。 もしかしたら、きっと今の私の人生ではなく、過去に生きた人生で私は彼と大事な約束をしたのかもしれない。 知らない筈の相手にこんなにも愛着や親しみを感じて強く心が動かされるなんて、きっと今の私でない昔の私、前世とかそういった別の私だった時に出会ったことのある相手なんじゃないかと。 そして、彼と一緒に生きていた時に、またきっとまた会おう、と。必ず会おうと再会を約束したのかもしれない。 彼の私を見るあの瞳、優し気で嬉しそうで、そしてとても切なく私に訴えかけてくるようあの表情を思い出しているとそんな風に思えるのだった。 目が覚めた後も彼の表情やあの時感じた切なくて甘い感覚が、単純に恋愛感情というだけの感覚とはまた違う、特別な濃厚さすら感じさせる感覚が身体にまとわりつく様な気がして。 こんな感覚、私は今まで経験したことがないのに、その筈なのに・・・どうしてこんな気持ちになるんだろう・・・と落ち着かなくてドキドキしながらも、この夢はきっと忘れてはいけない夢だと自分に言いきかせた。 夢を見たその日の夕方になっても、まだ彼への気持ちやあの夢で感じた感情の余韻が甘い残り香の様にずっと私の身体に残っているように感じられた。 それからしばらくたってもその夢で見たことが気にかかって、彼にいつ出会えるだろうか、すぐにでも会えるんじゃないかと、いつも気をつけながら過ごしていたけど彼だと思う相手には未だに出会えていない。 あんな目で見つめてきたのに、きっと今も待っているだろうに・・・そう思うと切なくなってくる。 私の努力が足りないのだろうか。 早く会って一緒に過ごしたい。 せっかく出会うことを約束しているなら、早く出会ってこれからの生きている時間を一緒に少しでも長くいられたらと、そう思うのに。 あんな夢を見たのに出会えていないのは、もしかして相手は約束したことを今は覚えていなかったりして? それに今の彼はどんな顔かもわからないのに、見つけられるんだろうか・・・そんな事を思うと少し不安にもなるけど、でもきっとそんなことで分からなくなる様な相手じゃないとなんだか本能的に分かっている気がする。 それとも単純にまだ出会えていないだけ? 会いたいのに、向こうもずっと待っていてくれているんだろうから なるべく早く会いたい。 今まで恋愛自体が苦手な私はずっとそれをさぼって過ごしてきたから、恋愛に関することを察知する能力が低すぎて勘が働かないそのせいなんだろうか。 それで彼を見つけること自体が難しいんだろうか。 まさかこんなに彼を見つけたいと熱心に思えるなんて、自分でも不思議なくらいなのだ。 でも約束は果たされるためにあるもの。 彼の夢を見てからはなんだか約束という言葉の意味が、私の中でがらりと変わってしまった。そしてそれが当たり前に思えて。 まるで別の自分の様だと思う。 私の「約束」と言う言葉にこだわる理由は、彼との再会というその大切な約束があったから、果たされるべき約束があったから、人一倍、いやそれ以上に 重要で忘れてはならないものだったから、約束が果たされることに強く、そして厳しい意識がいって、こういった反応を今まで続けてきたのだろうか。 自分でもなぜこの言葉にこだわるのかと思って来たけど。 もしかしたら約束と言う言葉は、私にとって一番大切な言葉であって そして私が一番渇望していた言葉だったのかもしれない。 私がとても大事に思う、そして相手も私を特別に大事に思っている・・・そんな誰かとの絶対に守られる約束、そんな約束をできる相手を待っていたのかもしれない。 夢の彼はもしかして約束をしても信用できると疑う事すらしなかった相手なのかな。それほど愛して信じていた相手なのかも。 彼と大事な約束をしたから、約束できる相手がいるという喜びを知りながらも未だ果たされていない約束を思って、この言葉を聞く度に葛藤が起きていたのかもしれない。 私は今も彼に会えるんだと信じている。 信じるとい言葉もやはり苦手な私には驚くべきことなのだけど、 あの夢を見てからもう何年か経ったけれど、今もきっと彼と会う日がやってくるということに疑いを持つことはなぜかないのだ。 眠る前のひととき、早く会いたいという気持ちが相手に伝わるようにと 一生懸命に祈る。 知り合いが聞いたらこんなことをしているなんて、きっと私の話だなんて信じないだろう。 私は人にあまり執着がないドライな人間だと思われているようだから。 普通なら大事な相手でも人には強く執着しない様に心がけているくらいだからだ。人の心は無理やりにどうこうできるものではないとそういう考えを持ってきたからだ。 だから誰かの事を強く想うなんて、それもまだ見たことも会ったこともない相手を大切に想うなんて、まるで今までの自分とは別の人間のようで恥ずかしい気もするからこの夢と彼のことは殆ど人には話していない。 出会っていない誰かを強く想うなんて考えてみるとちょっと不思議な話だ。 普通に考えたらありえないことだろうし、普段の私ではおかしいと思うはずなのに。 それでもあの夢の事を思い出すと、いつもあの時感じた感情や感覚を思い出せるし、今それを現実感を持ってしっかりと感じることもできる。 それは最初は穏やかに優しい波のようにやって来て、繭のように私の心と体を包み込む。そしてそれはある種の強さや重量感をも伴っていて存在を確かに感じられるような感覚なのだ。 あれから数年経ってしまったけど、あの夢のイメージや感覚は薄れることはなく、その夢の内容が確かに存在する(あかし)の様にとある現象が起きていることにも私は気が付いていた。 それは自分でタロット占いをすると、どんな内容の占いをしていてもなぜかここ数年決まって「恋人が表れて人生に変化が起きること」を示唆するようなカードが一枚は必ず出るのだ。 タロット占いは当たる方なのでどうしても占いたいときに、一年に数回程度しかしないのだが・・・なぜ毎回その意味のカードが出るんだろう・・・。 今は全く出会いもない状態なのに・・・と思いつつも、当たり前のように毎回恋愛を示唆するカードが現れると少しの驚きと共に、やっぱりこれはあの夢の彼の事なんじゃないかと思うのだ。 会うことを約束しているなら、どう出会うのか、いつごろなのか、国や場所も約束していて覚えていられたら良かったのにな・・・今日は初めてそんな事を思った。 もしかしたら再会を約束したときに何か他にも決めていたとして、私が覚えていないだけだろうか。 また彼が夢に訪れるのを待つか、もしくは自分でリラックスして彼にまつわるイメージを見つける事ができたりするだろうか・・・。 必要な時に会うべき人とは出会えるという話を聞いた事があるけど、 それはいつなんだろう。 私達もお互いが決めた決まりに従って、会うべき時に会うのかもしれない。 だけどそうやって気長に待つには、あの夢の甘い感覚と自分の感情が今も薄れることなく感じられて時々あまりにも生々しすぎて苦しくなる。 早く約束を果たしたい、あなたに会いたい。 きっとあなたと出会って愛し合うこと、それもこの人生での大事な約束の一つなんだろうから。
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