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3
「では出発する」
アニタとシュペルは馬に跨がり、館の庭を出た。
そして、敷地内に設けられた石畳を進む。
修練所、宿舎、そして小さな礼拝堂が目に入ってくる。
幼い頃から目にしているものだが、今日は全て違って見える。
やがて門に差し掛かると、警備をする髭面の私兵が二人に立ち止まるよう合
図をだした。
「どちらまで?」
「ベリナの街まで向かう。旦那様の了承は得ている」
騎乗したままシュペルは胸元から下げている首飾りを取り出し、見えやすい
ようにしてやる。
木版に掘られたレリーフはボルニア家のもので雄羊と左右対称に剣が配置されている。
特別に誂えたもので、限られた騎士にしか与えられないそれに私兵は目を見
開いて驚いた。
「し、失礼しました。お通りください」
私兵は安い鉄兜を深く被り直すと深々とお辞儀をして二人を通した。
門から先は舗装の行き届いた砂利道で丘を2つ超えた先に村が見える。
その先は林が広がり、ここからでは分からぬがそれを抜ければ街道へと達する。
二人は馬がバテぬよう、ゆっくりと進むことにした。
左右に広がる麦畑を堪能しながら、軽快な蹄の音が道中に響く。
それに惹かれた畑手伝いの子達が穂とよく似た色の帽子を被った姿で黄金色
の絨毯をかけ分けながら二人に近づいてくる。
「騎士様だ!」
その内の一人がシュペルの方を見ながら馬と並んで歩く。
「少年。今年の麦の出来栄えはどうだ?」
「えっ!あっはい!今年も一杯できてます」
あとから付いてくる子どもたちも首を縦に思い切り振ってうなずく。
アニタはその通りなのだろうと、一面に広がりを見せる麦達を眺める。
こうしているだけでパンの匂いが漂っているくらいだ。
視界に入る麦だけで一体何個のパンが作れるのだろう。
「私が見えている麦だけで、どれだけのパンが作れそうか?」
シュペルはアニタの顔から考えを見抜いたのか子どもたちの前で大声で言う。
「えーと、えーと。わ、わかりません」
「ハハハ。そうだろうとも、だが、お前たちが食に困らぬぐらいにはなるだろ
う。今年も期待しているぞ」
シュペルはそういい、少年の頭を撫で回すと嬉しそうな顔となり、他の子達
も羨ましそうにそれを見た。
「騎士様。今日はおでかけですか?」
一番背の高い少女が尋ねる。
「そうだ。ベリナの街まで向かう」
「でしたら、途中の村までご一緒させてください。弟たちも喜びます」
「いいとも。では、少年。先導を頼むぞ」
「は、はい!」
緊張した声は最後の方で裏返り、それをみなが笑った。
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