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 男の言葉を完全に信用したわけではなかったが、アニタには選択肢がなかった。  あのまま彷徨い続けるわけにもいかず、なによりもスペシュの名前が出た点で一応の信用は胸の内で生まれた。 「あのまま反対方向に行ってたら危なかったな」 「なぜだ?」 「あっちはならず者の連中が狭い縄張りを巡って争ってる。お前さんもうちょっとで巻き込まれるところだったぞ」 「ふん。ならばみな倒せばいいことだ」 「威勢の良いのは感心するが、女一人じゃ出来ることなんてしれてるぜ。もうちょっと強くなってから言うんだな」  男が手に持つランタンの光が、男の顔を薄く笑った顔を照らす。  不気味に映るが悪人顔というわけでもなく、それとなく心を許してしまいそうになる表情であった。 「どこへ向かっている?」  かれこれ歩き続けて10分は経とうとしているが路地から抜け出せないまま、アニタが少々不安がちな声で聞くが男はそこから無言になった。  暗闇の世界に唯一の灯を左右に揺らしながら立ち止まることなく二人は進み続ける。 「ついたぞ」  男の案内の元、辿り着いた先に小さな勝手口があった。  木製の継ぎ足して作ったような物で戸締まりが悪いのか風に煽られながら開閉を激しく繰り返す。   「安心しろ。俺の家だ」 「信用ならん。私は市場へと戻りたいだけだ」  アニタは再び闇雲に路地へと進もうとしたが、肩を強く掴まれた。   「悪いことは言わねぇ。中に入んな」 「離せ!」  振りほどこうと男の腕を掴むと指の腹に違和感が走った。  まるで石でもつかんでいるように硬い筋肉と年相応の伸びた皮膚の感触に一瞬の隙間ができ、男はその間に逆にアニタの手首を掴んだ。  男は顔を近づけ凄んだ表情でしばし見つめ、アニタは恐怖に近いものを感じ、ゆっくりと掴んだ手を離した。 「そうだ、それでいい」  アニタは顔をうつむかせ、男の言う通り勝手口から中へと入ろしたが、足を止める。  路地の続きの方で複数の眼がこちらを伺う様を偶然にも捉えてしまった。  静かにその場から動かず、こちらの出方を待つようにして不気味に映る。 「あれは人間か?」  指をさして男に確認を取る。  しかし男は一切、アニタの指から先を見ることはなく急かすよう肩を数度叩くだけで、決して奥の瞳に顔を向けることはしない。  眼を向ければどうなるか知っているのだろうか、アニタは憶測で考えもしそれが的中してしまったことを思うと、逃げるかのように家の中へと入った。
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