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「……痛いから離して」
キッとにらみつけるようにすると匠君は手を離す。立ち上がるも、頭がふらふらする。どうしよう。夕飯作らないといけないのに――スーパーの袋に手を伸ばすも、その手をひっこめる。匠君のスマホの通知画面に見えたのは、有名なマッチングアプリの通知だった。
匠君がわからない。
もういいや。どうでもいい。どうでも、いい――。
「早く飯作ってくれる?」
髪の毛がぐちゃぐちゃになって、首元で絡まっている。
「ねえ。それは匠君のプライドなの? 意地なの?」
「は?」
説き伏せたと思った私がまだ話し続けるので匠君はちょっとびっくりしたような表情をする。
「自分がどんだけ高尚な人間だと思ってるわけ。レベルが低い、俺がわざわざやるような仕事じゃないって? 匠君はいつもそうやって、周りのものを全部見下して、会社や周りの人や社会を恨んで、自分の価値を考えることから逃げてるだけじゃん。給料とか職種とか役職とか、わかりやすいものばっかにとらわれて、その人自身を見ようとしないじゃない。それ以外は無価値なの?」
「何言って……」
匠君の言いかけた言葉を無視して寝室まで走っていき、離婚届の用紙をバンッとテーブルに出す。
「お前、こんなのいつの間にもらって……」
「離婚してください。お願いします」
そのまま用紙を叩きつけるようにして家を出た。
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