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二十一年前――。
その朝、大きなステップを上がると、母が私の手を引きながら行き先を告げる。運転手は無言で無愛想に頷き中に入るように促した。歩きながら振り返ると、運転手が欠伸をしているのがミラー越しに見えた。私は、父がよく運転中、眠気覚ましにキャンディをなめていたことを思い出した。
手に握っていたお気に入りのキャンディの入った巾着袋を眺め、一つあげようかともう一度振り返る。でも恥ずかしくて、どうしようかと立ち止まりそうな私の手を、母は苛立ちながら強く引いていく。
リュックサックを膝に抱え、ふかふかの座席に腰掛けると、運転手の姿はもう見えない。
――恥ずかしがりやすぎるのよ。だからお友達が少ないの、多実ちゃんは。
それがいつも母が私に向ける言葉だった。
今度こそ、キャンディをあげよう。そうだ、隣に座った人にあげよう。
まだ空っぽの、通路を挟んだ隣の席を見つめる。その先の窓ガラスに化粧直しをする母の姿が映り込む。こんなに大きなバスに乗るのは初めてだったので昨夜からわくわくしていた。けれど、窓越しに見える空はどこかどんよりして、つまらない顔をしている。私はじっとして、隣の席に座る人がやってくるのを待った。
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