軍師の嫁取り 6~戦の前には計があり~

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「おー!こりゃ、また、豪勢だ!さすがだなぁ!」  通された客間の卓に並べられた食事に徐庶(じょしょ)は、歓声を上げている。 主食は、粥。(にら)と玉子の炒め物、ノビルの和え物、肉の串焼き、茹でた(ひし)の実、そして、高級品である、乾酪(チーズ)まである。 「ええ、旦那様は、病み上がりですから、栄養のあるものを摂っていただかないと」 孔明の隣に座る、月英は、匙で粥をすくうと、はい、旦那様。冷ましてますよ。と、孔明へ、差し出している。 いわゆる、あーん、を、目の前で繰り広げられて、徐庶は、咳払いをした。 「侍女よ、やり過ぎではないか?奥方にみつかったら、ひどい目にあうぞ」 なんとなく、やけになりつつ、串焼き肉を、食いちぎるように食べ、徐庶は、言う。 「あー、大丈夫ですよ。私達夫婦ですから」 「あー、そうか、そうか、夫婦だから、粥をふうふうしてるわけだな」 「あらやだっ!徐庶様ったら、お上手!」 「お?そうか?……って、おいっ!!!!ちょっと、待ったっーーーー!!!」 叫ぶ徐庶の口からは、噛み砕いた肉片が、飛び散った。 「あれ!まあ!やだわっ!!徐庶様ったら!!童子や!新しいおかずを持ってきて!!口の中のものが、飛び散って!!!」 「ど、どうゆうことだっ!!!諸葛亮よっ!!何も聞いてないぞっ!!!」 「聞いてないもなにも……言ってないので……」 孔明は、居心地悪そうに、ゴニョゴニョ言っている。 「だって、勝手に勘違いされて。それはそれで、面白かったから」 童子が、新しい皿を運んで来つつ、会話に割って入った。 「……と、いうことは、お主達、よってたかって、人のことを、笑い者にしておったのかっ!」 徐庶は、食べ終わった串焼き肉の串を振り回しながら、腹立ち紛れに、一人喋り続けた。 「あー、なんだ、そもそも、黄承彦(こうしょうげん)の娘は、醜女だと……それが、こんな美人なら、侍女かなにかと、思うだろうっ!」 まったく、諸葛亮、お前も人が悪いぞ!かかなくて良い恥をかいてしまったわ! と、徐庶は、かなりのご立腹ぶりで、次々と、肉の串焼きにかぶりつく。 「まあまあ、人の噂を鵜呑みにされた、あなた様が悪いのですよ。そんな具合で、いざ、出陣、と、なったとき、劉備様をお守りできる策を練ることなどできましょうか?」 ん?! と、徐庶の手が止まった。 「……肉が、旨い……つい、食ってしまったわ……諸葛亮、お前の体の為、だったのだろう、これは……」 皿には、すでに、肉の串焼きは、なかった。 「構わんよ、毎日、肉を食べさせられるのも、なかなか、苦なるもの、残せば、叱られるし……、徐庶、お前が食してくれてよかった」 叱られる──。 ハハハ、と、徐庶は、笑った。 「見かけがどうあれ、諸葛亮、お前の嫁御は、噂通り、かなりの、悪妻じゃないかっ!」 病み上がり、まだ、食も細い時に、肉ばかり食わされて、残せば叱られると、そりゃー、お前の事を本当に、心配してるのかねぇー と、ニヤニヤしながら、徐庶は、月英を見た。 「あらまっ!なんですって!人の家で、肉を食べ尽くして、(わたくし)のことを、悪妻ですって?!」 月英の細い眉が、つり上がる。 「あー、まあまあ、黄夫人、相手は、徐庶ですよ、どうか、気を静めてください」 孔明の一言に、徐庶は、ぶっと、吹き出した。 「相手は、徐庶、とは、聞き捨てならないねー、まったく、お前さん達は、似た者同士、いい夫婦、いや、相棒だなあ」 あー、参った、参ったと、徐庶は、何故か、上機嫌だった。 「まっ、腹が一杯になれば、人間、機嫌が良くなります」 童子が、わかったような事を言いつつ、包みを徐庶へ、差し出した。 「徐庶様、母上様に」 干し肉だった。 「やっ!こ、これは、奥方!要らぬ気遣いをさせてしもうて!このような高価なもの!!」 ホホホ、性悪、身勝手、醜女ですから、家の物にも、勝手に手をだしますわよ。どうぞ、お気になさらずに。 月英は、どうせ、父の金で買うものなのだから、などと、他人事だった。 「で、ですが、黄夫人、あまり、勝手に、と、言うのも……」 「あのなあー、諸葛亮よ、姑殿は、お前を気に入っているんだろ?干し肉の一束、二束ぐらい、病み上がりの体のためだと言っておけば、なあ、奥方?」 「そうそう!さすがは、徐庶様!さぞかし、劉備様の元でも、重宝されているのでは?」 へっ?! と、徐庶は、うっかり、声を上げ、渋い顔つきをした。 「戦が起こって、出陣、など、今のこの地では、ありえない。さらに、劉備様は、特に、役職に就かれているわけではなく、ただの、客人扱い。私の出番など無く。その方に付いたのが、果たして……」 そして、すまん。と、徐庶は、孔明へ頭数を下げた。
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