軍師の嫁取り 6~戦の前には計があり~

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「均様ーー!」 「童児や!」 と、呼び合う声と、表と内を人が行きする、バタバタした状態がくりひろげられているが、当然ながら、そこで、旦那様、奥様、という声は聞こえない。 その頃、旦那様と呼ばれるべき孔明は、げんなりとして、寝台に腰かけ、さて、どうお引き取り願おうかと、待たせている面々の事を思っていた。 「あらまっ、もしかして、また、お熱が?」 童子から、孔明が果てていると聞かされた月英は、寝室へ顔を出した。 「あーー!もう!黄夫人!あなたという方は!どうするおつもりですかっ!」 「まあーまあー、旦那様、頭から湯気が出ますよっ、また、お熱がでたらどうします?」 「そんな、湯気なんか、出ないでしょっ!」 もうー、たとえ、ですよ、物のたとえ、と、月英は、言いながら、はい、と、皿を孔明へ手渡した。 「ん?これは、(なつめ)ですね?でも、なんだか、今までの物と異なりますね?」 言いつつ、口へ運ぶと、至極甘いものだった。 これは、うまい!と、孔明は、一つ、また、一つと、口にする。 と──。 うわあーーーー! きゃーーーー!!旦那様!!! 家の中から、男女の叫び声がした。 荷運びをしている、均と童子は、特に焦ることもなく、これで、最後か、次は……とか、段取りを組む事に集中している。 じっと拱手を続け、孔明を待ち続けている劉備は、捕らえた叫び声に、驚きを隠せない。そして、均と童子が、何事もないかのように振る舞っているのも、ひどく、驚きだった。 「……くっ、致し方ない!すまん、失礼するっ!!!」 ただ事ではない叫び声に、誰も動かぬと、焦れた劉備は、家の中へ駆け込んだ。 「均様」 「うん、童子、上手く行ったようだな。後は……」 二人の視線の先には、木陰に座り込んで、兄じゃも、どうじゃ?と、干し肉を関羽に勧める、張飛がいた。 「やい!張飛!」 童子が、叫ぶ。 ぞんざいに呼ばれ、張飛は、童子を見る。 「なんじゃ、こわっぱ!」 「なんじゃ、じゃないよ。あんた、干し肉ばかりかじって、何してんだよ」 なにっ!と、意気込む張飛を関羽が、なだめようとするが、童子は、続けた。 「こっち来なよ、干し肉食って、喉乾いたろ?」 「お?おお、まあ、そうじゃが?」 ぽかんと、している、張飛と関羽に、早くしな!と、童子再び叫ぶ。 肩を揺らす均に、二人は、更に、訳がわからぬという顔をして、取りあえず、言われるままに、童子の後をついて行った。 そして、その頃──。 「あーー!黄夫人!どうしましょう!余りの甘さに、棗を三個以上、食べてしまいましたっ!!」 あぁ、徐庶(じょしょ)に、棗は、三個までと言われていたのに! と、息も絶え絶えになりながら、孔明は、(とこ)に転がった。 「いやだわっ!(わたくし)未亡人になってしまうの?!」 「あー、残念ながら……三個に留めておかなかったゆえに……」 「旦那様?!桃は?」 「は?!桃?」 「はい、桃、二個で命を落としたのですよ?斉の宰相、晏子(あんし)は、三人に、桃を二個渡して、取り合いさせた。結局、行いを恥じた三人は、自害する……」 「ああ、梁甫(りょうほ)の吟ですね」 が、そうだ……これは、棗だ……。と、孔明は、呟くと、ムクッと床から起き上がり、黄夫人!と、声を荒らげた。 「そうです!三個、いや、三国ですよっ!二国だから、争う、命も狙われる。しかし、三個、三人が、それぞれ、国を持てば!」 あらっ、旦那様、お客様のようですわよ? と、月英は、部屋の入り口に佇む、劉備の姿を指し示した。
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