軍師の嫁取り 6~戦の前には計があり~

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「え?お客様……」 月英に言われ、部屋の入り口を望んだ孔明は、ひいっ、と、息を飲む。 顔面蒼白の、劉備が、立っていた。 「も、申し訳けございません。許可なく、足を踏み入れて、しかしながら、叫び声が聞こえては、何事かと思い……」 劉備は、言い、口ごもる。 「い、いえいえ、いえ!こちらこそ、申し訳なく、いや、申し訳ございません!!何やら、あれこれ、かれこれの事を、しでかしてしまった、と言いますか……黄夫人!あなたも、謝らねば!」 えーー!(わたくし)が? と、ごねながら、月英は寝台に腰かけ、棗を摘まみ始めた。 「あーーー!!三個、三個までですって!そんなに食べると、未亡人どころか、私が、(やもめ)になってしまいます!!」 「あら、その方が、都合がよろしいのでは?劉備様の、薦めで、新しく、若いおなごを娶られて……きっと、鼻の下を伸ばされることでしょうねっ!」 では、(わたくし)は、これにて。後は、お二人でどうぞ──。 実に不機嫌なまま、月英は、部屋を出て行った。 「あー!黄夫人!」 「あ、あの、……」 あわてふためく孔明へ、劉備が声をかけた。 実は、先程から不思議に思っていたのだ。 なぜ、黄夫人、なのか──。 黄家の娘であるから、なのだろう。しかし、夫人、と、孔明が、かの、侍女をわざわざ呼ぶのは、なぜだろう。 「先生、ぶしつけなことをお伺いいたしますが、先程の侍女は……」 「ああー、何故か、侍女になってしまうのですよねぇ、何故でしょうか、ああ、それも、気にくわない、そうだな、きっと」 孔明は、誰に語るともなく、ゴニョゴニョと、独りごちている。 この様子に、まさか、と、劉備は思うが、落ちつきなく、うろうろしている孔明へ、どう、声をかけるべきか、躊躇してしまう。 しかし、ここ、に、来た意味は?そして、やっと、望む人物に出会えたのではないか? そういえば……。 「先生、先生が、おっしゃっていた、三国、について、お話し願えませんか?」 劉備は、梁甫(りょうほ)の吟に、出てくる、桃の数に例え、天下を一つとするのではなく、三つに分けよと、力説していた孔明の姿を思い出す。 時折、国土をそれぞれが国とすべき、という、考えを耳にすることはあったが、孔明ほど、はっきりと、三分割、三国に、分けて統治せよと、言い切る人間は珍しかった。  侍女の事も、正直、気になる劉備だったが、それ以上に、三国に分ける教えを受ける為、自分は、ここにいる、そんな気がしていた。 「は?三国?ああ、ただの思いつきで……、二国とは、力の差がありすぎ、侵略を防ぐのが、精一杯。ならば、侵略をふせぐ、独立した土地、つまり、一国とした方が、今は、効率が良いのだろと、そう考え……、まあ、現実味のない、馬鹿げた話と、お笑いください」 いや!! と、劉備は、叫び、先生!!と、孔明に、攻め寄った。 「それは、どのような、仕組み、いや、策略で、成し遂げられるのでしょう?そして、本当に、三国になった場合、均等は、取れるのでしょうか?」 真顔の劉備に、孔明は、何かしら嬉しさを覚えた。 まるで、師匠の所で、門下生達と、討論しているようではないか。 「劉備様、取りあえず、こちらへ」 実は、ここは、寝室なので、腰を下ろす場所は、ここしかないのですがと、寝台を勧める。 二人して並んで座ると、孔明は、月英が、残して行った、皿を取る。 「おや、棗が、ちょうど三個残っている。つまり、これが、北方、そして、これは、南方、に、なります。では、残りの一個は……」 「この地……」 二人は、皿に乗った棗を動かしながら、天下を三分(さんぶん)する意味を、語り合った。
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