憎しみは黒く燃えて灰となる

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「いいか小僧、よく聞けよ。世の中はな、金と権力があればなんでも揃う。街だって、武器だって、命だって手に入るんだよ」  椅子に座った小太りの中年男性が偉そうに講釈を垂れながら、下卑た笑みを浮かべていた。  俺は後ろ手に両腕を柱に縛られ、床に座らされている。父親はその小太りの男の近くにいて、俺と同じように手足を縛られていた。  椅子に座る男の隣には、背の高い屈強な男性が一人。 「俺はな、約束を破る人間が大嫌いだ。借金は返せないと嘆くから、代わりに仕事を任せたんだぜ? 簡単な仕事だ。俺にとって邪魔な人間を一人殺すだけでいいんだ。でもな、こいつはそれすら出来ないと言いやがる。とんでもない奴だと思わないか?」  眉間に皺を寄せたその小太りの男は、持っていた杖を振り翳して父親の顔を叩きつけた。何度も何度も。  うめき声を上げる父親。俺は大声で叫んだ。しかし、それは声にはならなかった。 「そこでだ、俺はある考えに至った。息子の目の前で死んでもらおうと。言っておくが、こんなこと一銭の得にもならないんだぜ? 感謝して欲しいぐらいだ」 「……息子には、手を出さないでくれ」 「誰が喋っていいっつったよ! お前は置物だろうが!」  男はまた杖で何度も父親の顔を殴った。口元からは血が流れ、頬は大きく腫れ上がる。 「はあ、もう疲れたよ。じゃあ、見とけよ小僧。父ちゃんが燃えて死ぬのを」  やれ、と小太りの男は隣にいた大柄な男性に声をかける。軽く頷いた彼は、父親の頭の上に手を置き、ゆっくりと目を瞑る。 「……リム。すまない。こんな父さんで、ごめん」  振り返ることなく父親がそう言った次の瞬間、頭の上に置いた男の手から赤い炎が現れた。それは一瞬にして燃え盛り、父親を覆い尽くす。  大声で叫びながら暴れ回る父は、すぐに力尽き、黒いただの塊となった。  涙が溢れて止まらない。声が出ないのに、喉の奥が痛む。  楽しそうに笑う小太りの男の元へ、部下のような人間がドアを開けて部屋に入ってきて近寄ってくる。 「レンドウ様、そろそろお時間が」 「ああ、わかってるよ。もうすぐ終わる」  そう声をかけられた部下は部屋を出て行った。  レンドウと呼ばれた男は椅子から立ち上がると、俺の目の前にやってきた。 「ちゃんと見てたか? お前の父ちゃんはな、あっという間に死んだんだよ。はははは。悲しいだろ? でも大丈夫、お前もすぐ死ぬんだからな」  ころしてやる、ころしてやる……。  俺はそう声を出したはずだ。 「殺す? この俺を? ははは、これはいいね。よしわかった。チャンスをやろう。お前がでかくなったら、俺を殺しに来い。いつでも待っていてやるよ。できるもんならな。俺は余興が好きなんだ」  レンドウは炎を使った男を呼ぶと、「喉を焼け」と伝えた。 「え、本当にやるんですか? まだ、子どもですが」 「誰に指図してんだお前? 俺がやれと言ったらやるんだよ」  レンドウの冷たい声に気圧されたその男は、俺の前に来ると右手で俺の首を掴んだ。    意を決したように、男は瞑った目を開けて炎を出した。一瞬にして喉が焼け、息を吸うことも吐くことも出来ず、その場でのたうち回る。両手を縛られているから、動きも制限されていて、余計に苦しかった。  涎さえも熱湯のように熱く、舌が痙攣を起こす。  意識が飛びそうになり、このまま死ぬのかと考えたが、絶対に何があっても生き延びてやると頭を振った。  レンドウを殺すまでは、絶対に死ねない。  絶対に。
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