変な父

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 両親の会話なんてものを聞くようになったのは最近のことだから、なんだか盗み聞きをしているような気がしてしまう。  それでも気になってしまい、私は父の買ってきた海外製の紅茶を飲むふりをしながら、聞き耳を立てていた。  紅茶の箱には見たことのない文字が書かれている。なんの香りだか知らないけれど、不思議とリラックスできるような気がする。気持ちが軽くなるような、まるで異国に連れ去ってくれるような。  そんな謎の紅茶は、こんな時にうってつけだ。  リビングに雑誌を広げ、縁のないブランド物のページをぼんやりと見つめていた私は、会話の流れから、それがオリンピックの話であると察した。  カーリングの試合会場を思い浮かべてみれば、たしかにその通りだと思った。父が言うように常に氷が張られた空間は、さながら冷凍庫のようなものではないだろうか。 「ええ、たしかにそれは寒いですね。普通なら真冬みたいな格好してるはずですから」 「うむ、そうだろ? しかも女子だ。中には半袖の人までいた」  言われてみれば、半袖の人も多い気がする。決して楽なスポーツではないと思うけれど、いくらなんでも寒くはないだろうか。  私は寒さには慣れているから、平気かもしれないけれど。 「プロの根性や情熱に胸を打たれたんだ。広い意味で、体を張ったスポーツだ。身を削る思いで立ち向かっているのだろう」 「ええ、立派なことですね、本当に」 「しかし、その中に一人だけ、さらなるプロ根性を見せる女性がいた」    父が言うには、その選手はとりわけ大柄な体格の持ち主らしい。そしてその選手だけ唯一、半袖の下から、片腕だけ黒い長袖を伸ばしていたらしい。  父は長袖なんて言っているけれど、近年開発が進むあたたかいインナーのことだと察した。 「その体格の良い選手が、どうして」  母の意見に同感だ。どちらかと言えば、それは半袖の選手よりは幾分あたたかいのではないのだろうか──。 「利き腕だ」  チラッと見ると、父は誇らしい顔を母に向けていた。 「つまり、利き腕は寒さに晒すんだ。どんなに寒かろうが、試合のために。片腕だけ黒い長袖を伸ばしているなんて、本当に寒いということの象徴だ。まさしく、プロだ」 「ええ、そうかも……きっと、そうでしょうね」  なんてつまらない会話だろうと思った。  いい話ではあるが、正直反応に困る。きっと母も同じだ。お茶をすする音が聞こえる。  私もそれに合わせて適当に雑誌のページをめくった。奇しくも結婚相手に選ぶ理想の男性像なる見出しが目に留まる。  ひとつひとつ、その条件を読み進めていく。  父は、いわゆる外面は合格かもしれない。しかし内面は、まるで父の性格から逆のことを書き綴ったのではないだろうかと思えるような内容だった。 『隠し事をしない』 『共感できる話をしてくれる』 『話が簡潔で、長すぎない』  その項目を読んだ瞬間、リビングからふたたび父の声がした。 「それで、その選手が転がす番になった」 「あらま」  話は終わっていなかった。思わず母の口から洩れた言葉の意味を、父はどう受け止めたのか定かではないが、咳払いをして続けた。 「カメラがズームして行ったんだ。どんどんその片腕だけ黒い長袖を出した選手に向かって。そうしたら……なんとな」  ゴクリ、と私と母は同時に喉を鳴らした。父の声があまりにも自信のある声だったからだ。 「その黒い長袖を、よくよく見たら」 「……ええ、見たら?」 「タトゥーが、びっしり入ってたんだ。もう、隙間もないくらい」  なによ、その話──。  数秒の間を置いて、母は大声で笑いはじめた。

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