2022/9/09 「バールのようなもの②」

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あれから数十分がたったものの、俺たちのバールのようなものに関する議論は難航していた。それもそのはずだ、男子高校生二人が頭を突き合わしていくら知恵を絞ったところで、情報が少なすぎる。母のピーマンの肉詰めもいよいよ焼きの工程に入ってしまった。 「なあ、そろそろいいんじゃないか?これ以上考えたって答えなんか出ないだろ。」 「まだだ、あとちょっとで、もう一つピースがはまりさえすれば分かるはずなんだ。」 なんだよピースって。たかがバールのようなものについて考えてるだけなのに、格好つけてるんじゃねえよ。それに、最初は馬鹿にしていた俺だが、バールのようなものについて考えれば考えるほど、謎は深まってゆくばかり。いい加減答えが知りたくてやきもきしていた。 「もういいじゃんか、シリに聞いちゃおうよ。俺もう気になりすぎてイライラしてきた。俺らがどんなに考えたってホントの答えは導き出せないって。」 台所から肉の香ばしい匂いがしてきた。そろそろ料理も完成である。母さんはいつもはとても温厚で優しい性格なのだが、料理が関わると別だ。料理はどれも絶品で言うことなしなのだが、ご飯を食べるときにはテレビやスマホはもちろん禁止。笑顔で食べなければならず、食レポも求められる。それらのルールを破ってしまうとまあ大変。いつもの優しい姿からは想像できない恐ろしい鬼嫁に変身するのだ。一度は反抗期を迎えかけた俺であるが、食レポをないがしろにしただけで、一週間俺の料理だけがこんにゃくになったことがあった。弁当までもである。俺に対する態度は変わらないのに、ご飯はこんにゃく。そのおかげで俺の反抗期が防がれたといっても過言ではない。 「二人とも、もうそろそろご飯できるからね。お皿の準備しときなさい。」 「ほら、母さんの料理できちまうぞ。俺らこんな疑問を抱えたまま、完璧な食レポなんてできないだろ?」 「くそっ、俺ら人間が栄えた時代はもう終わり。AIに頼らないと人間は生きていけないのか。」 秋人は悔しそうに唇を嚙み締めた。そんな顔しないでくれよ、俺だってここまで二人で考えてきたんだ。一緒に正解という勝利をつかみたいのに。 「ただいまー、おっ今日は肉詰めなの?やったぁー。」 その時われらの目の前に勝利の女神が現れた。俺の妹の夏美である。こいつは運動しか取り柄のないただの馬鹿だが、侮ってはならない。馬鹿なりの直観力で、俺らの議論にいつもヒントを与えてくれるのだ。 「いいところに帰ってきたわが妹よ。なあ、お前バールのようなものってなんだかわかるか?」 「は?何急にキモいんですけど。」 そしてなぜか俺限定で絶賛反抗期中である。 「お帰り、夏美ちゃん。俺たち今さ、ニュースでよく出てくるバールのようなものについて話してたんだ。凶器が分からないならバッドだったりほかの表現でもいいはずなのに、夏美ちゃんはどうしてバールなんだと思う?」 「秋人くん!来てたならそうと言ってくれればよかったのにぃ。」 おい妹よ、急にデレデレするんじゃない。わが愚妹ながら男の趣味が悪すぎるぞ。確かに黙っていれば少しはそれっぽいし、年上ってこともあって魔法にかかっているのかもしれないがこいつはやめておけ。付き合うと同時に訳の分からない質問攻めもついてくるんだ、お前にそれが受け止められるのか。 「えー、ただ単に殴りやすいからじゃないの?」 「殴り、え?」 今妹から物凄く恐ろしい答えが返ってきたような気がするが勘違いだろうか。 「だってほら、あれって細くて軽くて持ちやすいでしょ?それにバッドだったら振りかぶるのに結構力がいるし、隠しずらいじゃない?その点バールだったら先っぽ尖がってるから一撃でダメージ与えやすいし、あれ意外と安くて千円以内で買えるから、凶器として最適なのよ。」 「へぇー、そ、そうだったんだ。よく知ってるねそんなこと。」 心なしか秋人がおびえてる気がする。おい妹よ、頼られて嬉しいかも知れないが、よく考えろ逆効果だぞ。 「何言ってるの?こんなの常識だよ。じゃあ私着替えてくるね。」 リビングのドアが閉まり、階段を上る足音がやけに大きく聞こえた。まさか、初めに話していた人を殴ろうとする人たちのルールが存在したなんて。それになんであいつバールの値段なんて知ってるんだよ。もしかして使ったことが… 「あんたたち、ご飯できたから席着いちゃいなさいよ。もう何を馬鹿な話をしてんだか。」 「そ、そうだよなー、夏美も何言ってんだか。」 俺はこの心に浮かんだ一抹の恐怖を消し去るために、母さんの料理に集中することにした。 「わぁー、今日もおいしそうだなー、な、秋人。」 「うん、そうだね。やっぱりおばさんの料理は世界一だよ。」 俺たち二人は、どこかぎこちなく席に着いた。 「全くもう、バールが凶器なんて当たり前の話でしょうが。それを何分もだらだらと。そんな暇があるなら、勉強しなさい。」 そうなのだろうか。俺たちが間違っているのだろうか。とにかく妹と母さんは怒らせないようにしよう。そう心に誓った俺たちなのであった。 PS バールのようなものとは、例えば刑事事件等において残された痕跡や特徴等からバールのようではあるが、物的証拠等の不足(実際に使われた工具が見つかっていない等)により、バールと断定するには至らない状況下において、犯行に使われた道具を指し示すときに使用される用語である。 byニコニコ大百科
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