cocktail.06 軽くて、ちょっと意地悪

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ちょっと意地悪い自分を自覚して申し訳なく思いつつ、しょんぼりするナオがかわいくて見ていたいという気持ちのほうが(まさ)った。 「ところで、さっき『次はヨーロッパ各地』って言ってたけど……ナオはいつからヨーロッパへ行くの?」 するとナオは不満を滲ませた顔のまま、少しの間沈黙してから答える。 「明日(あした)」 「えっ? あ、明日?」 「うん、明日」 こんなふうにゆっくり会ってくれているくらいだから、もう少し先だと思っていた。 それなら会えるのは今日だけ? ヨーロッパ各地と日本各地を回るって、どのくらいの間ここを離れるの? たぶん月単位だろう。 そう思うと想像以上に寂しさが込み上げてきて頭が混乱した。 「あ……えっと……」 仕事なのだから仕方がない。「いってらっしゃい」って送り出そう。 そう思うのに言葉が出なかった。 「寂しい?」 ナオにそう問われて、「図星」と言わんばかりに心臓がドキッと激しい音を立てた。 違う。そんなんじゃない。だいたい、仕事だもん。そんなことは言えない。そんなことを言う立場にもない。 「う、ううん、別に。……いってらっしゃい」 ちょっと声が震えたけど言えた。よし。 少し視界が滲んで見えるから、ナオの顔は見ないように顔を逸らした。 ……あれ? どうしてこんなに泣きたい気分なんだろう。 素直に言うなら……強がってみたものの、結局寂しいのだ。 この寂しさがどこから来るものなのかはわからない。 でも、最初に日本で会った時から3ヶ月離れて過ごし、ようやく再会できた。それだけに、もう少しナオのそばにいてナオという人を知りたかったというのが正直なところだ。 「夏海」 そう呼ばれた途端に腕を引かれて、そっとナオの胸に抱き寄せられた。 「な、何? びっくりした。急に抱きつかないでよ」 その拍子にちょっと涙が溢れたけど、腕の中にいればバレないはずだ。今のうちに早く涙を引っ込めよう。そう思って、寂しさを追いやって気持ちを立て直す。 ところがそうしている間に、ナオに顎をクイッと持ち上げられた。 「あっ、やめて」 体よく隠せたつもりの涙が、結局ナオの目に晒されてしまった。 すると途端にナオは眉尻を下げた。 「あーー……ごめん、夏海。失敗した」 失敗? 何のこと? 夏海は涙を拭って取り繕いながら問う。 「な、何が?」 「あまりにも夏海が俺と離れることを寂しがってくれないから、ちょっと試したくなったんだ」 「何それ……。試したくなったって、何よ」 困惑しながらナオに問うと、ナオは苦笑いを向けた。 「ごめん。ヨーロッパに行くのは1ヶ月先だよ。しばらくはこの間のホールで定期公演」 「……え?」 それを聞いた時のこの気持ちは何だろう。 喜び? 安堵? 拍子抜け? 苛立ち? なんだかよくわからないごちゃまぜの感情が押し寄せてきて、決壊したように涙が零れた。
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